愛の音楽家エドワード・エルガー

エドワード・ダウンズ――誠実さが支えるエルガーの真価

20世紀後半の英国音楽界において、サー・エドワード・ダウンズは常に確かな存在感を放ち続けた指揮者である。とりわけオペラの世界ではヴェルディ解釈の第一人者として知られ、ロイヤル・オペラ・ハウスやオーストラリア・オペラで重要な足跡を残した。しかし、その活動のもう一つの柱が英国音楽、とりわけエルガーへの静かな献身であったことは、熱心な愛好家の間ではよく知られている。

 

ダウンズはエルガーを決して劇的に演出しない。

 

必要以上にテンポを揺らすこともなく、感情を誇張することもない。その代わり、作品の構造を丹念に積み上げ、旋律が本来持つ自然な呼吸を尊重しながら音楽を築き上げていく。華やかさではなく、作品そのものを語らせる指揮者なのである。

 

その代表的な録音が、BBCフィルハーモニックとのナクソス盤《交響曲第2番》である。派手さとは無縁ながら、誠実で端正な解釈は現在でも高く評価されている。

 

今回公開された映像は、そのナクソス盤とは異なるBBC放送音源であり、第1楽章のみが現存している。

 

まず感じるのは、ナクソス盤以上にライヴならではの伸びやかな生命感である。

 

冒頭の "Allegro vivace e nobilmente" は決して重々しくならず、「nobilmente」の本質である高貴さを自然体で描き出している。金管は堂々としていながら威圧感はなく、弦楽器は過度なロマンティシズムを避け、旋律を大きな呼吸で歌い継いでいく。その音楽には、英国の大地を思わせる落ち着きと品格が備わっている。

 

ダウンズの真価は、複雑に入り組んだエルガーの対位法的書法を極めて明快に聴かせる点にある。

 

各声部は鮮明に整理され、それでいて人工的な分析臭さはない。全体は一つの巨大な流れとして統一され、楽章全体が自然な弧を描いて進んでいく。こうした構築感覚は、長年オペラを指揮してきた経験から培われたものだろう。長いフレーズを呼吸で結び、一幕のドラマとして音楽を成立させる手腕は実に見事である。

 

BBCフィルハーモニックも、ダウンズの要求に的確に応えている。華麗さを前面に押し出すタイプのオーケストラではないが、堅実なアンサンブルと温かみのある響きが、この作品にはよく似合う。指揮者と楽団との長年の信頼関係も随所から感じられ、ライヴでありながら非常に安定した演奏を聴かせている。

 

残念ながら現時点で公開されているのは第1楽章のみである。しかし、この完成度を耳にすると、第2楽章《Larghetto》の深い祈り、第3楽章の引き締まった推進力、そして終楽章の静かな達観がどのように描かれたのか、期待せずにはいられない。

 

ダウンズは決してボールトのような「正統」の象徴でもなく、バルビローリのような濃密な情熱型でもない。

 

しかし、その中庸を貫く誠実さこそが、彼の最大の個性である。

 

作品を必要以上に「自分のもの」にしようとせず、エルガーのスコアそのものに語らせる。その謙虚な姿勢は、今日あらためて見直されるべき価値を持っている。

 

この放送音源は、ナクソス盤を補完する資料という域を超え、ダウンズという指揮者が到達したエルガー解釈の成熟を示す貴重な記録である。そして、全曲が公開される日を心待ちにしたくなるだけの説得力を備えた演奏と言ってよいだろう。

 

日本エルガー協会新刊「エルガーの最後の審判-語られなかった真の作曲家像」はこちらから

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