愛の音楽家エドワード・エルガー

コンスタンティン・シルヴェストリとエルガー:知られざる名演の再評価

エルガー:交響曲第1番 イ長調 Op.55(1966年録音)/ボーンマス交響楽団/コンスタンティン・シルヴェストリ(指揮)

 

1966年に録音されたコンスタンティン・シルヴェストリ指揮、ボーンマス交響楽団によるエルガー《交響曲第1番》は、今日では比較的知られていない音源である。
購入したのも記憶にないくらいで聴いたかどうかすら記憶にないもの。
おそらく「レコ芸」でライターをやっていた時代に「海外盤試聴記(のちの海外盤レビュー)」に寄稿するための一枚だと思われる。
記憶にないというのは、この時はおそらく他のライターさんが先に書くことが決まっており書けなかったのではないかと思う。「レコ芸」では、この手の熾烈な闘いが毎回あって結構ライターは仕事を取るために必死だったりする。編集社から「これ書いてください」と支給されるのは、大物ライターや評論家くらいである。辛くも私も何度かあった。基本全てライターの自腹。意外に知られていない事実。なのでライター同士は結構仲が悪い(笑。
というわけで、聴いてみたシルヴェストリ。
収録時間から察するに、全体としてやや速めのテンポ設定である。しかしそれは決して平板な“あっさり系”ではなく、むしろ演奏全体が厳格な構造感を保ちながら、躍動感をもって進行する。シルヴェストリ特有の軽妙かつ引き締まったテンポ設計が全体を支配し、エルガーの構築性を明晰に浮かび上がらせている。テンポの運動性と構成意識の見事な両立である。

 

1966年という年は、ボールトやバルビローリといった、いわば「エルガー演奏の正統」とされる巨匠たちが現役であった時期でもある。その影に隠れたかのようなこの録音が、演奏史的に十分に評価されてこなかった背景には、そうした当時の権威構造も影響しているかもしれない。

 

ボーンマス交響楽団は、後のボーンマス・シンフォニエッタの母体となったオーケストラであり、この録音時点ではシルヴェストリがチャールズ・グローブスの後任として音楽監督に就任していた。グローブスが育て上げた柔和で英国的なエルガー・サウンドを、シルヴェストリは継承しつつ、自身の洗練された造形感覚を注ぎ込んでいる点が注目に値する。

 

この録音は、エルガー演奏の一系譜として再評価されるべき価値を持っている。華美に流れず、かといって禁欲的すぎるわけでもない、絶妙なバランス感覚がそこにはある。今日の耳からすれば、むしろこのような解釈にこそ新鮮さを覚える向きも多いだろう。

 

 

総論:シルヴェストリの造形美と録音の特性

録音は1966年、EMI系列のアビー・ロード・スタジオ系統と推測される音質。ステレオながら中庸な音像定位で、弦楽器はやや中央寄り、木管は左右に広がるが埋没気味。金管・打楽器は中~遠距離で自然に配されている。残響は控えめでスタジオ録音的なクローズ感を伴い、明瞭だがややドライな印象を与える。演奏のアーティキュレーションが明晰に捉えられる反面、ホールトーンの豊かさは薄い。

 

第1楽章:Andante – Nobilmente e semplice – Allegro

テンポ設計:
冒頭の「ノビルメンテ」は伝統的なボールト流よりもやや速めかつ歩を緩めぬ進行。荘重というより風格ある足取りといった感覚で、「重厚さ」より「気品と推進」が前面に出る。アレグロ主部への移行もスムーズで、加速的変化は抑制的。一貫して構築的テンポ設計で、呼吸を揃えるよりも流れを支配する感覚が強い。

 

フレージング:
フレーズ終端でのルバートは最小限にとどめられ、句読点としての間合いは極めて整然。音楽の自然呼吸よりも、明快な設計感覚が支配的である。ホルンやクラリネットのソロには気品があるが過剰な情感付けは避けられている。

 

録音特徴:
弦はやや近接録音気味でエッジの立った音像。木管群は中央~左寄りに位置し、内声の和声的動きがやや控えめに聞こえる。ティンパニは奥行きをもって控えめに配置され、強打の際も録音バランスを崩さない。

 

第2楽章:Allegro molto

テンポ設計:
このスケルツォ楽章は、全体的に速めだが精緻なアーティキュレーションが保たれており、曖昧さが皆無。パルスは明確で、アッチェレランドやリタルダンドはほぼ皆無、終始インテンポ感を守ることで、「怪物的スケルツォ」ではなく、「知性とアイロニー」を強調。

 

フレージング:
木管の交錯するモティーフに対しても精緻なアタックとディテールの明瞭さがあり、ボーンマス響の技術の確かさがうかがえる。シルヴェストリはレガートとスタッカートの交錯の妙を構造的に整理し、「ひらめき」よりも「彫琢の知性」を感じさせる。

 

録音特徴:
トランペット・トロンボーンが左奥に定位し、立体感は乏しいがダイナミクスの幅は丁寧に捉えられている。残響はやや短く、フレーズの輪郭がくっきりと収録される。フルートやオーボエのソロがやや引っ込む点はマイナス。

 

第3楽章:Adagio

テンポ設計:
このシルヴェストリの演奏で最も注目すべき点はこのアダージョの解釈。**テンポは伝統的解釈よりやや速めだが、驚くほど自然な歌を保っている。**呼吸のように緩急を持たせず、あくまで構築性と均衡を重視。

 

フレージング:
フレージングは非常に直截で、甘美さに浸ることはない。ビブラートも抑制的。弦の合奏では、内声部の動きが絶えず明示的に聴こえる点が特筆すべき長所であり、対位法的な声部構成の美しさが前景化している。

 

録音特徴:
弦楽器が前面に配置され、和声の陰影は巧みに捉えられている。木管のアンサンブルがやや奥まっているため、ハーモニーの濃度が薄く感じられる箇所もあるが、総じてバランスはよく保たれている。

 

第4楽章:Lento – Allegro

テンポ設計:
序奏のLentoは、荘重さよりも次のアレグロへ向けた過渡的構造物としての性格を明示するテンポ取り。アレグロ主部は全体を通してテンポを保ちつつも細部でアゴーギクの妙技が光る。終結部に向けてのリタルダンドもあからさまな情緒ではなく、必然性ある構築の一部として自然に処理される。

 

フレージング:
再現部のノビルメンテ主題再現では、ボールトのような陶酔感ではなく、形式感の頂点としての音楽的クライマックスが形成される。余韻や揺らぎの効果より、句読点としての明確なカデンツ処理が特徴。

 

録音特徴:
終結部での金管のファンファーレは堂々たる音響だが、リバーブが短いためにホール感は弱い。シンバルやティンパニは鋭く録られており、「フィナーレの祝祭性」よりも「構築物の完成」を示すような音響設計が感じられる。

 

 

シルヴェストリによるこの録音は、表面的な情緒ではなく「構築美」と「知性」に裏打ちされたエルガー演奏として再評価に値する。録音の質は当時の水準としては標準的ながら、フレーズの輪郭やアーティキュレーションの明晰さは他の巨匠指揮者とは異なるアプローチを明示している。テンポ設定も含め、ロマンティシズムと構造主義の絶妙な折衷がここにはある。

 

シルヴェストリのエルガーシルヴェストリのエルガー

 

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