マール・バンク

エルガーと「子どもの世界」――創作の原点と晩年のノスタルジー

エルガーにとって「子どもの世界」は単なる題材ではなく、生涯を貫く創作の源泉であった。ウスターシャーの小村ブロードヒースに生まれた彼は、幼い頃から兄弟姉妹とともに、身の回りの自然や空想の題材をもとに即興劇を創作・上演する遊びに熱中していた。その劇の付随音楽を担当していたのが、若きエルガー自身であった。

 

最も早い記録として知られるのが、1867年、エルガーがわずか10歳のときに作曲した《ユーモレスク・ブロードヒース(Humoresque “Broadheath”)》である。この小品は、後に1907年の《子どもの魔法の杖 第1組曲(The Wand of Youth Suite No.1)》の第7曲〈妖精と巨人(Fairies and Giants)〉に転用された。つまりこの曲は、エルガーの作曲家人生で確認されている最初期の作品であり、ブロードヒースの空想劇の音楽という原風景がそのまま、後年の管弦楽作品へと再生されたかたちである。

 

このような幼少期の創作体験は、エルガーにとって単なる懐かしい思い出にとどまらず、彼の芸術的想像力の中核をなしていた。事実、彼は晩年に至っても、幼い頃の記憶を想起させる作品――《スターライト・エクスプレス》、《子ども部屋(Nursery Suite)》、《夢見る子供たち(The Dream Children)》など――を多く手がけており、そこには少年時代の空想や遊戯が老境の音楽言語に昇華されたかたちが見られる。

 

◆子どもの魔法の杖(The Wand of Youth)組曲 第1番&第2番 Op.1a, Op.1b(1907)

この2つの組曲は、エルガーが1860年代に家庭内で作っていた児童劇の音楽をもとに、1907年に再構成・編曲したものである。エルガーはそれらを「作品1」として発表し、自身の創作の原点がここにあることを明確に示した。

 

第1組曲(Op.1a)は以下の7曲から成る:

 

 序曲(Overture)

 

 セレナード(Serenade)

 

 メヌエット(古い様式)(Minuet – Old Style)

 

 踊り(Dance)

 

 妖精の笛吹き(Fairy Pipers)

 

 まどろみの情景(Slumber Scene)

 

 妖精と巨人(Fairies and Giants)←ユーモレスク・ブロードヒースを展化

 

 

第2組曲(Op.1b)は、さらに多彩な性格を持ち、以下の6曲で構成される:

 

 行進曲(March)

 

 小さい鐘(スケルツィーノ)(The Little Bells – Scherzino)

 

 蛾と蝶(踊り)(Moths and Butterflies – Dance)

 

 泉の踊り(Fountain Dance)

 

 飼いならされた熊(The Tame Bear)

 

 野生の熊たち(The Wild Bears)←度々単独でアンコールピースとして取り上げられる

 

これらの音楽には、遊び心、擬人化、ファンタジー性が豊かに表現されており、同時に劇的性格の描き分けや、舞台性を意識した音楽構造もはっきりと見てとれる。子どものための音楽でありながら、管弦楽法の洗練と構成の巧妙さは、後年の交響的作品に通じる技術的水準を備えている。

 

◆スターライト・エクスプレス(The Starlight Express)Op.78(1915)

劇作家アルジャーノン・ブラックウッドの童話劇に付けられた付随音楽。エルガーにとって、これは**子どもによる想像世界の旅を描いた最も本格的な「ファンタジー音楽」**であった。物語は、汽車が星の世界へ旅するという夢幻的な設定で、そこに登場する「星の精」や「眠りの妖精」などの存在は、《子どもの魔法の杖》で描かれた幻想世界の延長線上にある。

 

音楽は、擬音効果、旋律的詩情、軽妙なリズムなどが融合し、音によるメルヘンの再現として高い完成度を示している。後に組曲版としても編まれたが、本来は舞台と一体となって機能する、子どもによる夢の演劇の音楽化である。

 

◆子ども部屋組曲(Nursery Suite)(1930)

エルガー晩年の傑作であるこの組曲は、若き日々の小品に新作を加えて構成された作品である。王室の子どもたちへの献呈曲として書かれたが、その背後には、エルガー自身の子ども時代の回想と感謝が込められている。乳幼児の生活と想像世界を穏やかな眼差しで描いた作品であり、ユーモアと情感、そして円熟したオーケストレーションが見事に調和している。

 

◆夢見る子供たち(Dream Children)Op.43(1902)

最後に取り上げる《夢見る子供たち》は、エッセイスト、チャールズ・ラムの幻想的散文に基づいた小品である。現実には存在しない「夢の中の子どもたち」への語りかけとして書かれたこの作品には、亡き母や失われた時代への哀惜がにじんでいる。全体は2曲から成り、抒情的かつ静謐な表現が際立っている。

 

◆結び

以上の作品に共通するのは、「子ども」をただの描写対象とせず、作曲家エルガーの内的世界の記憶装置として位置づけている点である。子ども時代に描いた空想、劇、音楽が、晩年の彼にとっては芸術的な回帰点であり、創造の回路を再接続する鍵となった。エルガーの「子どものための音楽」は、結果として大人の心に深く訴えかける、普遍的なノスタルジーの音楽であり、それこそが彼の音楽の最も人間的な側面であるといえる。

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