マール・バンク

ボールトと子ども部屋組曲

1930年9月、エルガーはHMVのウィリアム・ランドン・ストリートンとの談話で、彼が若い頃に書いたスケッチブックに中から最近再発見した断片を子ども部屋組曲として仕上げたと話している。 この組曲は、マーガレット王女、その姉のエリザベス王女(後のエリザベス2世)、そしてその母(ヨーク公爵夫人)に捧げられたものである。
曲想としては「青春の杖」組曲と同じようなスタイルで、軽快で晴れやかな性格を持っているといえるだろう。マイケル・ケネディによると、荷馬車(エルガーは古い綴りである 「waggon」を使用)がゴトゴトと音を立ててこちらに向かってくるにつれて、エルガーの言葉を借りれば「車輪が私の頭の上を通り過ぎる」と表現していた。
アンソニー・ペインは、交響曲第3番のスケッチを補完する際のエンディングにこの楽章の形式を参考に構成している。
その理由として、ペインがこの曲に取り組むきっかけとなった「私の知るエルガー」の著者である、W・H・リードが特別に愛した曲であるというもの。
ペインはエルガーだけでなくリードの霊感をも受けつつ曲を仕上げたという。
子ども部屋組曲は、コンサート・ホールではなく、レコーディング・スタジオ(ロンドンのキングスウェイ・ホール)で初演されている。
元来なら大きな規模の管弦楽作品で、より真価を発揮するボールトであるが、この中規模の作品においても特別な想いを寄せているのであろうと想像させるに十分な完成度の高い演奏となっている。中規模作品だからといって手を抜く気配も一切なく、いつもながらの骨組みのしっかりとしたボールトの構成感は十分に感じられる。そればかりでなくボールトがこの作曲家に向けたシンパシーが全編に渡って滲み出してくるかのようだ。
やはり、エルガーという作曲家を一番理解していたのはサー・エイドリアン・ボールトなのだ。

 

 

愛の音楽家エドワード・エルガー電子書籍はこちらからどうぞ

トップへ戻る