エルガーのスターライトエキスプレス
エルガーのスターライトエキスプレスはよほどのエルガー好きでなければこの曲の存在自体知られていないマイナー作品である。
1915年ころに作曲した演劇のための音楽。エルガーは幼少の頃からこの手の音楽作りを続けており、これも肩の力が抜けた実に楽しい音楽に仕上がっている。
彼が嬉しそうに曲作りを楽しんでいたのがよくわかる。
系統でいうと、正に「子どもの魔法の杖」組曲とか「子ども部屋」組曲みたいな感じ。
今日ほとんどコンサートの演目になることはないけど作曲者自身はとても気に入っていたようで自作自演の録音でもかなり最初期にラインナップに入れている。
エルガーが生涯に渡って作曲し続けた小品群にも同じ素材を用いており、エルガーが如何にこの作品に愛着を抱いていたかを伺い知ることができる。
写真は数少ない商業録音。
ここに挙げた以外にもう一つエルガー協会の会員向けに頒布されたプライベート盤もある。
1、エルガー自作自演ハイライト盤
自作自演盤。ここで歌っているチャールズ・モットはエルガーの友人で、この録音の直後戦地に赴き戦死している。
2、ハンドリーによる全曲盤(厳密には2曲カットあり)
ハンドリー盤。LP初出版は全曲であったがCD一枚に収めるためにやむえず2曲だけカットがある。ヴァレリー・マスターソンのソプラノが聞きもの。
3、マッケラスによるハイライト盤
マッケラス盤のこのカップリングのセンスはエルガーのパーソナリティを非常に理解したものだといえる。唯一の国内盤。
4、ハーストによるハイライト盤
アーサー王組曲とのカップリングは泣かせる
5、デイヴィスの指揮と編曲の全曲盤
デイヴィスによる愛がいっぱいこもった完全版
これ以外にもワルツのみのをピックアップした盤もわずかに存在する。
『スターライト・エキスプレス(The Starlight Express)』は、エドワード・エルガー(Edward Elgar, 1857–1934)が1915年に作曲した劇付随音楽である。本作は、イギリスの作家アルジャーノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)による児童文学『A Prisoner in Fairyland(妖精の国の囚われ人)』に基づいた戯曲のために書かれたもので、全曲は16のナンバーから成る。台本は劇作家ヴィヴィアン・エリスによって脚色され、1915年12月29日にロンドンのキングズウェイ劇場で初演された。
この作品は、エルガーが第二次世界大戦中という苦境のさなかにあっても、人々に夢と慰めを与えようとした意図を色濃く示すものである。内容は、幼い兄妹たちが「想像の力(The Power of Thought)」によって、人々に幸福や希望を届けるという幻想的な物語である。エルガーはこの夢想的な世界観に共鳴し、独特の抒情性と透明な管弦楽法を駆使して、優しくも幻想的な音楽を創り上げた。
音楽的には、ヴォカリーズ(言葉のない歌)や合唱、ソプラノ独唱、児童合唱などを用いた親しみやすい旋律が特徴であり、演劇の各場面に寄り添うような挿入曲が配されている。特に有名なのが「星のセレナード(Serenade of the Starlight)」や「ワルツ・オブ・ザ・スターズ(Waltz of the Stars)」で、いずれも夜空を舞う星々のイメージを詩的に描写している。
本作において特筆すべきは、エルガーの音楽が「現実」と「想像(幻想)」の二重構造を持つ舞台世界を見事に支えている点である。現実世界の憂鬱と幻想世界の輝きを音楽的に対比させることで、観客に深い情緒的共感と慰めを提供する。このような二重構造は、同時期に作曲された声楽作品『The Spirit of England』とも思想的に響き合っている。
また、『スターライト・エキスプレス』はエルガーが書いた唯一の本格的な劇付随音楽であり、その点でも特異な位置を占める。作曲者自身はこの作品に強い愛着を持ち、1916年には「組曲版(Starlight Express Suite)」として演奏会用に編曲している。
20世紀中盤以降は長らく忘れられていたが、近年になってその美しい旋律と幻想的な内容が再評価され、録音や再演の機会も増えている。エルガー晩年の静謐な詩情を伝える重要作品のひとつである。
本作は劇の場面に即して音楽が配置されており、単なる挿入曲ではなく、演劇の進行と登場人物の心理に寄り添う形で精密に構成されている。
本作品は、各曲が単独でも親しみやすい旋律を備えつつ、全体として一貫した詩的構造と精神性を保っている点において、エルガー晩年の傑作と評価できる。また、『ゲロンティアスの夢』や『使徒たち』のような宗教的オラトリオ作品とは異なる形で、「想像力による救済」というエルガーのもう一つの理想が示されている。