エルガーカントリーへの誘い

エルガーお気に入りのフットボールチーム

Football Chant(Sequenced by Chris Goddard)

 

1898年、エドワード・エルガーはウルヴァーハンプトン・ワンダラーズ(Wolverhampton Wanderers)のために、きわめて短い応援歌を書いている。いわばフットボール・チャントであり、演奏時間はわずか十数秒。だが、この小品は、エルガーという作曲家の「別の顔」を雄弁に物語る。

 

 素材となったのは、贔屓の選手がゴールを決めた際の新聞見出し――
“the leather for goal”(直訳すれば「革(ボール)をゴールへ」、日本語的には「鞭を打つようなゴール」)。
エルガーはこの生々しく即物的な言葉に、そのまま旋律を与えた。ここには象徴も寓意もない。あるのは、スタンドで歓声を上げる一人の観客の高揚である。

 

 重要なのは、これが単なる戯作ではないという点だ。1898年といえば、《エニグマ変奏曲》完成の直前。エルガーが地方都市の音楽教師から、ようやく「作曲家」へと踏み出そうとしていた時期である。その彼が、同時にフットボールに熱中し、応援歌を書いていたという事実は、エルガー像を一方向からのみ捉える視線を裏切る。

 

 ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズは、この逸話を単なる珍談として扱わなかった。作曲から100年後の1998年、クラブはホーム・グラウンドに記念プレートを設置し、この応援歌の存在を公式に顕彰している。エルガーは、交響曲やオラトリオの作曲家である以前に、「同じ街のファン」の一人だったのだ。

 

 現在知られている音源は、A Librarian on Webとして活動するクリス・ゴダード(Chris Goddard)が、楽譜から起こしたMIDIによるものである。興味深いのは、このゴダード家の系譜が、別の形でエルガーと結びついている点だ。彼の祖父サー・ジョン・マーティン=ハーヴェイは、ローレンス・ビニヨンに戯曲《アーサー王》の執筆を依頼し、完成作を献呈された人物である。エルガーはその《アーサー王》に音楽を付け、組曲とし、さらに素材の一部は未完に終わった《交響曲第3番》へと流れ込んでいく。

 

 ここで起きているのは、決して偶然の連鎖ではない。
フットボール・チャント、戯曲音楽、交響曲――
それらはエルガーにとって、質の異なる営みではあっても、「生活の中から音楽が立ち上がる」という一点で連続している。

 

 フットボールの応援歌を書くエルガー。
それは国威発揚の作曲家でも、帝国の象徴でもない。
街に生き、街の歓喜に身を預ける、等身大のエルガーである。

 

 彼が最後まで「地方都市の作曲家」であり続けた理由は、こうした場所――スタジアムの喧噪や、新聞の見出し、仲間との共有感覚――を、決して軽んじなかったことにある。その意味で、この数秒のチャントは、壮大な交響曲にも劣らぬ、エルガー的人間性の証言なのである。

 

エルガーお気に入りのフットボールチーム

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日本エルガー協会新刊「エルガーの最後の審判-語られなかった真の作曲家像」はこちらから

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