愛の音楽家エドワード・エルガー

シンガポール発の英国魂 ― チャン・チェ・ロー指揮《エルガー:交響曲第1番》の洗練された感興

シンガポールのオーケストラ界を牽引する オーケストラ・オブ・ザ・ミュージック・メイカーズ(OMM)(創設は2008年、音楽監督:チャン・チェ・ロー指揮)による、エルガー《交響曲第1番》のライブ映像(2023年5月27日開催、エスプラネード・コンサートホール)は、まさに英国的精神をアジアに通わせた秀演である。チャンは、あの名匠ノーマン・デル・マーの薫陶を受けた指揮者として、熟練の構築力と表現の明快さを兼ね備えている。

 

 

第一楽章(Andante, nobilmente e semplice – Allegro)

 

冒頭の "nobilmente e semplice" は、まさに「高貴さと素朴さの併存」が体現されている。チャンはシンプルな旋律に慎重に深みを与え、弦が呼吸するような流れを紡ぐ。クレッシェンドの起伏はドラマティックでありながら重くならず、OMMのアンサンブルは崇高な気品に満ちていた。

 

 

第二楽章(Allegro molto)

 

軽快なリズムと明晰な輪郭を持つが、そこにはエルガー特有の内的激情が隠れている。テンポ感はやや推進的ではあるが、弦の細やかな鋭さや木管の生きた対話は、「疾走する心情」とでも言うべきエネルギーを放っていた。

 

 

第三楽章(Adagio)

 

この楽章こそ本作の魂とも言える感情の深淵である。チャンによるコントラストの描き方は聴衆の呼吸を変える。全体が歌となるような抒情と、深い静寂の間の揺れが、OMMの表現力を最大限に引き出していた。

 

 

第四楽章(Lento – Allegro)

 

冒頭の Lento はまるで前楽章の感傷を受け止めた余韻のようであり、Allegro への移行は豊かなエネルギーを伴って劇的に展開される。金管群の輝きと打楽器の推進力に満ちたフィナーレは、「希望と勝利」を象徴するかのように、聴き手を高揚へと導いた。

 

 

 

チャン・チェ・ローはただの再現者ではない。英国的作曲家の精神と楽曲の流れを熟知し、OMMという若く熱意ある団体とともに「現代の英国演奏」を実現した。デル・マー流の丁寧さと、アジア的熱情の融合という稀有なバランスは、この演奏を深く記憶に残る名演に押し上げている。これこそ、21世紀のエルガー演奏の一つの到達点である。

 

 

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