尾高のエルガー2番(2023)
エルガー交響曲第2番、尾高さん指揮、都響を聴きに行く。
この曲は1911年の完成であるが、実際にはエルガーはアイデア自体もっと前から温めていた。
1904年にエルガー一家がイタリアのアラッシオでバカンスを過ごした際のことを同行したローザ・バーリーが著作である「エドワード・エルガー交友録」に記している。
このアラッシオ滞在中にエルガーが盛んに口ずさんでいたメロディがあったという。
彼女は交響曲第2番の初演を聴いた際にエルガーが口ずさんだメロディがこの2番の中のものであることに気がついた。
このメロディとはどこの部分なのだろうか?
こういうことが気になってしまう。
ローザの記述によると第4楽章と言っている。

冒頭のトロンボーンによるメロディか?
実は似たようなメロディは第1楽章にも第3楽章にも出てきている。
あるいは、その後に出てくるHans himselfか?
いやいや、ここはオーソドックスに「歓びの精霊」だろうか?
しかし、このテーマも第3楽章で既に表れている。
こればっかりは当事者であるエルガーかローザに聞くしかないのであるが、こういうことを考えるのが楽しくて仕方がない。
今日、尾高さんの演奏中にエルガーさんが降りて来たら聞いてみよう。

エルガー:交響曲第2番(2023年5月29日 サントリーホール)
エルガーの交響曲第2番は、決して万人受けする作品ではない。第1番のような分かりやすい高揚感や、《威風堂々》のような華やかさを期待すると戸惑うかもしれない。しかし、その複雑な陰影や人生の哀歓に満ちた精神世界に一度魅了されると、これ以上ないほど深く心に入り込んでくる作品である。
2023年5月29日、サントリーホールで行われた尾高忠明指揮・東京都交響楽団による演奏は、その魅力を余すことなく伝えた名演であった。
まず指揮者の尾高忠明に対しては、迷うことなく最高評価を与えたい。長年にわたり英国音楽の普及と紹介に尽力し、日本におけるエルガー演奏の第一人者として歩んできた尾高であるが、この日の演奏は、その長い歩みの一つの到達点と呼ぶにふさわしいものだった。
特に印象的だったのはテンポの扱いである。一般論として、エルガー作品における過度なテンポの揺れは作品の構築を損ないかねない。しかし尾高の場合、その揺らぎは決して恣意的ではない。作品の呼吸やフレーズの自然な流れから生まれており、作曲家の精神に寄り添った結果として極めて説得力を持っていた。これは単なる技巧や経験ではなく、長年エルガーと向き合ってきた指揮者だけが到達できる境地だろう。
東京都交響楽団も見事な演奏を披露した。記憶に間違いがなければ、この作品を取り上げる機会はそれほど多くないはずである。それにもかかわらず、難曲として知られるこの交響曲を高い集中力と技術力で最後まで弾き切ったことは称賛に値する。
もちろん、長年にわたり英国音楽をレパートリーの中核としてきた楽団と比べれば、作品への身体的な馴染みという点ではまだ伸びしろがあるかもしれない。しかし、それを差し引いても、この日の演奏は極めて高い水準に達していた。特に弦楽群の厚みと木管の繊細な表情には、多くの聴きどころがあった。
私自身はP席から聴いた。必ずしも理想的な座席とは言えないが、その代わりオーケストラ全体の動きや各パートの受け渡しを俯瞰できる利点がある。この日のような大規模交響曲では、作品全体の構造を見渡すにはむしろ興味深い位置だった。
そして何より印象に残ったのは、会場を満たしていた聴衆の姿勢である。
演奏終了まで誰一人として音楽の流れを妨げることなく、フライング拍手もフライング・ブラボーもない。最後の響きが完全に消え去るまで静寂を守り続ける姿には、演奏者への深い敬意が感じられた。サントリーホールという空間が持つ文化的成熟を改めて実感させられる瞬間でもあった。
プログラム解説も充実していた。作品の背景や構造に関する情報は的確であり、エルガー初心者から愛好家まで十分に満足できる内容だったと思う。
総合的に見れば、この公演は非常に高い完成度を誇るものであった。仮に点数化するならば25点満点中22点、100点換算で88点という評価になるだろう。しかし数字以上に重要なのは、この演奏がエルガー交響曲第2番という作品の魅力を、多くの聴衆に伝えることに成功したという事実である。
私はこれまで、「優れた演奏は作品そのものの魅力を聴衆に伝える」という場面を何度も目撃してきた。聴き慣れない作品であっても、本当に優れた演奏に出会えば、人はその音楽の価値を直感的に感じ取ることができる。
この日の尾高と東京都交響楽団によるエルガー第2番は、まさにその好例であった。
あれほどの演奏であれば、たとえエルガーに馴染みの薄い聴衆であっても、この作品の持つ深い美しさと精神性を十分に感じ取ることができたに違いない。日本におけるエルガー演奏史の中でも、記憶に留めるべき重要な公演の一つであった。





