2025年5月15日 サントリーホール
読響 × 尾高忠明 × エルガー《エニグマ変奏曲》――「世界一のエルガー指揮者」がもたらす奇跡
「世界一のエルガー指揮者が、我が国にいる」――この言葉は決して誇張ではない。尾高忠明という存在は、今日の日本の音楽界において、エドワード・エルガーの音楽と真に共鳴する稀有な指揮者である。作品に対する解釈の深さ、音色の選び抜かれた精度、情緒的共感の豊かさ、そして何よりも高い演奏頻度と継続的な取り組み。そのいずれを取っても、エルガーという作曲家に真摯に寄り添ってきた指揮者は、尾高をおいて他にいない。
この尾高による《エニグマ変奏曲》の演奏は、すでに幾度となく重ねられてきた。日本の主要オーケストラはもとより、英国のBBCウェールズ交響楽団との演奏歴も記憶に新しい。にもかかわらず、驚くべきことに、《エニグマ変奏曲》に関しては、商業録音がいまだに正式リリースされていない。唯一確認できるのは、BBCミュージック・マガジンの付録CDに収められた名演のみである。これほどの実演が重ねられているにもかかわらず、録音が存在しないという事実は、むしろ「奇跡的な未記録」とも言えるであろう。
本公演においても、尾高は長年関係を築いてきた読売日本交響楽団を自在に操り、まさに自由闊達にして深遠なエルガー像を描き出してみせた。筆者はP席からその指揮ぶりを観察していたが、音楽が指揮者の身体を通して自然に流れ出しているような印象を受けた。尾高自身が音楽を楽しみ、その喜びがオーケストラ全体を良い意味で巻き込んでいたのである。
各セクションの鳴り具合は申し分なく、ダイナミクスとテンポの両面において、指揮者への全幅の信頼が感じられた。なかでも第9変奏「ニムロド」は演奏全体の重心とも呼ぶべき大きな山場を形成し、柔らかな響きの中にも芯の強さが保たれ、決してフォルムが崩れることはなかった。終曲「EDU」でもその姿勢は揺るがず、作品全体の最大クライマックスをここに据えるという王道的解釈を堂々と示してみせた。サントリーホールを包む響きは、そのまま聴衆を感動の渦へと誘い、終演後には深い余韻が会場を支配していた。これがエルガーであり、これが尾高忠明である。真の意味でエルガーファンを名乗る者は、彼の演奏に耳を傾けぬわけにはいかない。
Conductor: 5
Orchestra: 4
Audience: 4
Publicity: 3
Total: 16 / 20 (80%)