「エルガー・ルート」

「エルガー・ルート」

 

愛の音楽家エドワード・エルガー

「エルガー・ルート」

 

「エルガー・ルート」は、単なる観光動線ではない。それはエルガーという作曲家の生を、点ではなく〈線〉として経験させる装置である。
ブロードヒースの誕生地からウースターでの死に至るまで、人生の始点と終点がほぼ同一の地域に収まっているという事実は、近代作曲家としてはむしろ異例である。エルガーは移動しなかったのではない。移動の必要がなかった作曲家なのである。

 

全長約72キロ、48のスポットを結ぶこのルートが示しているのは、「偉人の足跡」ではなく、日常と創作が重なり合っていた生活圏そのものだ。銅像や博物館といった記念的地点と、作曲の家、散策路、教会、丘陵とが同列に配置されている点に、このルートの思想がある。エルガーにとって、創作は特別な場所で行われる儀式ではなく、生活の延長線上にあった。

 

重要なのは、このルートがロンドンを中心に構成されていないことである。イギリス音楽史の多くが首都への上昇運動として語られる中、エルガーは終始、地方から世界へと届いた例外的存在であった。その例外性を、エルガー・ルートは雄弁に物語る。地方に留まったことが制約ではなく、むしろ想像力の源泉であったという逆説を、歩くことで理解させるのである。

 

また、このルートは「効率的な巡礼」を拒む。すべてを回れば一週間、主要地点でも一〜二日を要するという時間感覚そのものが、エルガー的だ。急がず、寄り道を許し、風景に耳を澄ますことを前提としている。これは観光ではなく、体験としての受容である。

 

 

「エルガー・ルート」とは、エルガーを理解するための地図であると同時に、
エルガー的時間の流れを身体で追体験するための楽譜なのである。

 

この「エルガー・ルート」の中で外せないポイントとして、まずブロードヒースのバースプレイスをスタート地点として、ウースター中心部にある銅像、ウースター大聖堂、エルガーが没した家「マール・バンク」。《ゲロンティアスの夢》作曲の家「バーチウッド・ロッジ」は、ウースターからモールヴァンへ向かう途中で立ち寄りたい。

 

モールヴァンでは、2つの家「フォーリ」と「クレイグ・リー」、グレート・モールヴァンの街は勿論のこと、時間さえ許すならモールヴァン・ヒルにも登りたい。最後のゴール地点として、エルガー・ファミリーの墓所があるセント・ウルスタン教会といったところ。

 

ブロードヒースに始まり、マール・バンクを経て、セント・ウルスタン教会に終わるこの道程は、エルガーの作品群と同じ構造を持つ。抒情と記憶、土地と信仰、私的感情と公共性が、緩やかに編み込まれているのだ。

 

 

日本エルガー協会新刊「エルガーの最後の審判-語られなかった真の作曲家像」はこちらから

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