若きエルガーの信仰と敬慕 ――《クレド》作品3に見るベートーヴェン受容の原風景
エドワード・エルガーが20代前半に手がけた《クレド》作品3は、しばしば「若書き」「習作」として扱われがちである。しかし本作を注意深く聴くと、後年のエルガーを形作る要素――信仰心、編曲技法、そしてベートーヴェンへの深い精神的共感――がすでに明確に姿を現していることが分かる。
この作品は、ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章、第9番第3楽章、第5番第1楽章という、性格も精神性も異なる素材を用い、それらにラテン語典礼文《クレド》を重ね合わせたものである。単なる寄せ集めや編曲技巧の誇示に終わらず、ベートーヴェンの音楽の中から「信仰」「確信」「内面的な祈り」を抽出し、一つの宗教的構造として再編成している点に、本作の本質的価値がある。
Chapel Choir of the Royal Hospitalによるこの演奏は、そうした作品の性格をよく理解した、極めて誠実なアプローチを示している。声部は過度に劇的になることなく、あくまで典礼音楽としての均衡と透明感を保ちつつ進められる。特に第7交響曲第2楽章由来の旋律においては、重苦しさに傾くことなく、静かな確信を湛えた祈りとして提示されている点が印象的である。
合唱の発音は明瞭で、ラテン語の子音処理も端正である。音楽が前に出すぎず、言葉が音楽に埋没しない絶妙なバランスが保たれており、聖堂空間における実演を強く想起させる。これは、王立チェルシー病院という歴史と記憶を宿した場に根差す合唱団ならではの「祈りの身体感覚」と言えるだろう。
また、本作が編曲作品であるにもかかわらず、断片的な印象を与えないのは、エルガー自身が素材選択の段階で精神的親和性を見極めていたからである。ベートーヴェンの旋律はここで、英雄的闘争や交響的ドラマとしてではなく、「信仰告白」という静かな内的行為へと姿を変えている。その変容を、この演奏は過剰な解釈を施すことなく、自然体で聴かせている。
総じて、この演奏は《クレド》を珍品としてではなく、若きエルガーの精神史を知るための重要な証言として提示している。後年の《ゲロンティアスの夢》や宗教合唱作品群を予感させる萌芽が、すでにこの小品の中に息づいていることを、静かに、しかし確実に伝える演奏である。
ベートーヴェンへの敬意と、信仰に基づく内省。その両者がまだ無垢な形で結晶していた時代のエルガーの姿を、本演奏は慎み深く、かつ説得力をもって描き出している。


