フランス的感性と国際性の融合 ブランギエによるエルガー《交響曲第1番変イ長調》
2023年5月27日、ケルンのWDR交響楽団とリオネル・ブランギエによるエルガー《交響曲第1番変イ長調》の演奏は、フランス系の若手指揮者によるエルガー再解釈の可能性を示す、注目すべきライブ・ドキュメントである。
◆ ブランギエという指揮者:フランス的感性と国際性の融合
リオネル・ブランギエは、チェリスト出身の指揮者として、音楽を「歌う」ように語るスタイルが特徴である。フランス・ニースの音楽一家に生まれ、パリ音楽院でチェロと指揮を学び、早くからブザンソン国際コンクールで優勝した後、サロネンやドゥダメルに見出され、アメリカでもキャリアを築いてきた。こうした背景を持つブランギエは、「国民楽派的偏りのない、ナチュラルで普遍的な音楽理解者」としての資質を備えており、イギリス外でのエルガー解釈においても大きな可能性を感じさせる存在である。
◆ 演奏評:ノビルメンテと詩的感性の均衡
第1楽章:Andante. Nobilmente e semplice - Allegro
冒頭のテーマに込められた「ノビルメンテ(高貴さ)」は、やや速めのテンポで提示されながらも、音楽の懐深さを損なわず、明晰かつ表情豊かに展開された。フレーズの語尾に自然なルバートを施すあたりに、フランス音楽に通じる繊細なディクション感覚がにじむ。まさにエルガーが好んだ「スピン(Spinn)」するような旋律線である。
第2楽章:Allegro molto(attacca)
スケルツォ的楽章は、鮮烈なリズム感と、オーケストラ内部のバランスに優れた透明性が光った。ブランギエの身体性と構築性が見事に融合し、軽やかさと緊張感が共存する。ケルンWDR響の機能美もここで最大限に引き出されており、特に弦楽のスピッカートと木管の交錯は見事である。
第3楽章:Adagio
この楽章はエルガー作品中でも最も内省的で詩的な部分だが、ブランギエはここでもフレージングの丁寧さと節度ある情感を保っている。サウンドは決して「厚塗り」にならず、むしろドビュッシー的な透明さすら感じさせる響きで、フランス人指揮者によるエルガーの新しい可能性を感じさせた。
第4楽章:Lento – Allegro
終楽章の扱いは、ペテレンコのような“第4楽章重視型”とはやや異なる。あくまで構成上のクライマックスとしての整合性を重視し、感情の爆発よりも音楽的建築の流れに焦点を当てている。この点で、英国的センチメントというよりは、ラテン系の構成主義的アプローチが際立った。
◆ 総評:エルガーの「英国性」を超えた可能性の提示
この演奏は、いわゆるエルガー的な「霧と緑の牧歌的風景」や「帝国の余韻」を過度に誇張せず、音楽そのものの構造美と内面的抒情性にフォーカスする。結果として、「英国音楽」から「ヨーロッパ音楽」への視座の転換を体現する一例といえるだろう。
同時に、ブランギエの柔軟かつ精妙なバトンテクニックと、音楽の重心に対する自然な感性が融合したこの演奏は、WDR交響楽団の良好な反応とも相まって、非常に完成度の高いものに仕上がっている。ピエモンテージ(ピアノ)との共演が同時に行われていたことから、プログラム上のバランスも巧みに設計されていたと想像される。
◆ 将来的なエルガー解釈者としての期待
リオネル・ブランギエは、これまで主にフランス音楽や近現代作品で名を上げてきたが、今回のエルガー演奏は、彼が英国音楽にも十分な理解と感受性を備えていることを示した。もし彼が今後《エニグマ変奏曲》や《交響曲第2番》、あるいは《ゲロンティアスの夢》などに取り組む機会を得れば、さらなる飛躍を見せるであろう。
この演奏は、英国以外の視点から再構築されたエルガー像として、今後の参考基準となる価値を有するものである。