エルガーブームはあったのか?
ここ20年ほどで日本におけるエルガーの知名度というか演奏される曲目もかなり増えたと本当に実感している。
最初の著書「エドワード・エルガー希望と栄光の国」を書いた当時、演奏会でエルガー作品が取り上げられる機会はほんとに貧弱なものだった。
交響曲が取り上げられるのは数年に一度あればマシ。エニグマやチェロ協奏曲のような比較的メジャーな作品でも年に一度あるかないか。
有名な威風堂々第一番ですら年に数度取り上げられればよいほうだった。まして大作のオラトリオなど初演すらされていないものばかり。
私がエルガー関係の仕事をするに至って掲げた当初の目標の一つがある。
それは、リヒャルト・シュトラウス、セルゲイ・プロコフィエフ、エドワード・グリーグ、カミュ・サンサーンスといったクラスの作曲家より知名度を上げること。
ベートーヴェンやモーツァルトのような世界チャンピオンクラスを倒すのはムリだとしても、これらのローカルチャンピオンクラスを打倒することは比較的現実的な目標と思ったからだ。
そこでやったことは、書籍の発行、音楽専門誌への寄稿、オーケストラのプログラム解説、CDのライナーノート、テレビや映画製作の協力、専門ウェブサイトの立ち上げなどなど。
特に音楽専門誌「レコード芸術」での海外盤のレビューではほぼほぼ毎月エルガーの新譜レビューを書いた。
これがかなり大きいと思う。なぜなら、上に上げたライバル作曲家たちの新譜が毎月海外盤のレビューに必ず出るとは限らない。
そこが狙い目でもあった。
その結果が今日の状況であると思っている。
今ではエルガー作品がオーケストラの上演プログラムに取り上げられることが全く珍しくなくなった。
それまで未紹介だったオラトリオ作品もかなり演奏されるようになった。
ただ、一つ追い風となった現象があり、このことが全ての原因だったのではないか?と思ったこともある。
それはエルガーの著作権が2004年で消滅したことである。
最近ではエルガーの威風堂々第一番のメロディを耳にしない日はないほどポピュラーな存在となった。
きっかけはTVアニメ「来て来てあたしンち」で威風堂々一番の替え歌が主題歌となったあたりではないか(2002)。
あとはプロレスイベント「ハッスル」での高田延彦扮する高田総督のテーマがこの曲だったことなどがあるだろう(2003)。
その後は雪崩を打ったように同曲の替え歌などがCMやテレビドラマの主題歌として溢れるようになった。
確かにエルガーの著作権消滅の時期とほぼ同時にエルガー作品が使われることが多くなった気がする。
しかし、よくよく調べてみると、実は著作権法自体は1996年に大改訂されており、それまでの著作権保護期間が50年から70年に変更されている(日本は50年のまま)。
つまり、1934年の没のエルガーの著作権は1984年に一度切れている。
その時にエルガー作品が今日のようにな大氾濫現象が見られたかというとそんなことは全くない。
エルガーの著作権が切れていたのは1984年から1996年までの12年間。
12年もあったのに今日のような現象は起こらなかった。
この条件を上記のライバルたちにあてはめてみる。
リヒャルト・シュトラウス 没年1949年 改訂前の著作権切れ1999年 改定後の著作権切れ 2019年
グリーグ 没年1907年 改訂前の著作権切れ1957年 改定後の著作権切れ1997年
プロコフィエフ 没年1953年 改訂前の著作権切れ2003年 改定後の著作権切れ2023年
サンサーンス 没年1921年 改訂前の著作権切れ1971年 改定後の著作権切れ1991年
さて、改定前だろうと改定後であろうと彼らの著作権切れの直後に今日のエルガーと同じような現象が起きただろうか?
詳しく調べたわけではないので断言が出来ないが、おそらく大きな変化は起きていないと思う。
上記のライバル作曲家たちをターゲットにした理由。
2000年ころのクラシック音楽を取り巻く状況下においてエルガーは彼らよりも知名度でやや劣ると感じていた。
それは演奏会で取り上げられる曲の回数もそうだが、最も参考になったのがCDショップにおける個々の作曲家の品揃えである。
それらを吟味した場合、エルガーは彼らに劣っていた。
だが、彼らより有利なことがあった。
それは名刺代わりの作品を持っているか?
名刺代わりの作品とは、作曲者名を知らずともその曲は耳にしたことがある・・・そういう曲。
例えば、結婚行進曲、または「運命」と呼ばれる交響曲など。
メンデルスゾーンの名前を知らなくとも結婚行進曲を聴いたことがない人はほぼいない。
ベートーヴェンを知らずとも「運命」のメロディを聴けば「ああ、あれか!」となる。
エルガーには「威風堂々」第一番のトリオ、さらには「愛の挨拶」と2つもある。
これは決定的に有利な材料となる。
では、上記のライバルたちの一番の代表作を上げてみる。
リヒャルト・シュトラウス ツァラトゥストラはかく語り
プロコフィエフ ピーターと狼
グリーグ ペールギュント
サンサーンス 動物の謝肉祭
さて、この中に作曲者の名前を知らなくとも誰もが耳にしたことある曲があるだろうか?
ツァラトゥストラは、映画「2001年宇宙の旅」のテーマとか、ボブ・サップの入場テーマにも使われているのでかなりの強敵といえるだろう。
しかし、それ以外はそれほどではないのではないだろうか?
それを考えた時に十分彼らを打倒することは可能だろうと思った。
このことはエルガーのライバルとなる他の英国の作曲家に対しても同じことがいえるのだ。
英国の作曲家でエルガーのように名刺代わりの有名曲を持っている作曲家は実はあまりいない。
せいぜい、ホルストの惑星ぐらいなものだろう。
ヴォーン・ウィリアムズならグリーンスリーブス幻想曲、ブリテンなら青少年のための管弦楽入門とかもあるが、やや弱い気がする。
ましてディーリアス、ウォルトン、ブリス、バックス、ティペットらはそういった名刺代わりとなる曲がない。
一つづづデータを吟味して検証してみないと結論は出せないが、こうして見ると日本エルガー協会としての活動がエルガーという作曲家の啓蒙という意味で少しは役に立てたのではないかと自負してみる。
もちろん、私だけでなく尾高忠明や大友直人などエルガー作品を積極的に取り上げてくれた演奏家たちの功績はもっと大きいことは言うまでもない。
そして、もう一つの大きな追い風がCDというメディアの全盛時代にあたったということもあろう。CDというメディアの登場により各作曲家の細かな作品ラインナップから、埋もれていたヒストリカルな録音が多数発掘されたことである。その大量生産により廉価となりますます幅広く普及することになったという事情も追い風となったのは事実であろう。
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