遂につかんだ名声

海の祈祷 ― オルガンと声が織りなすもう一つの《海の絵》

エルガー《海の絵》作品37は、通常オーケストラ伴奏で演奏される歌曲集である。しかし本演奏は、ナイジェル・ポッツによるオルガン編曲版を用い、メゾソプラノのキャサリン・バックハウスとオルガンのサイモン・ニエミンスキーによって演奏された、きわめて珍しい形態の実演である。会場は聖マリア聖公会大聖堂(セント・メアリー・エピスコパル大聖堂)。2017年エディンバラ・フェスティヴァル・フリンジでのライヴ録音である。

 

オルガン伴奏がもたらす宗教的次元

 

オーケストラ版では、波のうねりや海の光彩が色彩的に描かれるが、オルガン版ではその性格が一変する。管弦楽の具体的な波動描写は影を潜め、代わりに持続音と和声の重層が空間を満たす。大聖堂特有の豊かな残響が加わることで、音楽は海景というよりも、祈祷的・宗教的な響きを帯びる。

 

特に第1曲〈Sea Slumber Song〉では、低音の持続が大地のように支え、その上に声が静かに立ち上がる。まるで典礼音楽のような荘厳さである。エルガーが本質的に持っていたカトリック的感性が、ここでは露わになる。

 

第3曲〈Sabbath Morning at Sea〉ではその効果が決定的である。もともと宗教的気分を内包するこの曲は、オルガンの響きによって完全に聖堂音楽へと変貌する。広大な海は、神の創造の象徴として立ち現れる。

 

キャサリン・バックハウスの声

 

バックハウスのメゾは、深く落ち着いた色調を持つ。過度に劇的ではなく、しかし芯があり、低音域に安定感がある。大聖堂の残響を敵にせず、むしろ味方につける発声である。言葉の子音処理はやや柔らかいが、その分レガートの流れは美しく、空間に自然に溶け込む。

 

〈Where Corals Lie〉では声に微妙な陰影が加わり、神秘的な静けさを描く。終曲〈The Swimmer〉では、オルガンの壮大な和声の上を堂々と乗り越え、曲を閉じるに足る気迫を示した。オーケストラ相手ほどの音量競争は不要であり、その分、音楽は内面的に凝縮されている。

 

ライヴ録音としての魅力

 

録音は“raw concert audio”とある通り、聴衆の物音も含まれている。しかしそれが却って現場の空気を伝える。人工的に整えられたスタジオ録音では得られない、空間と時間の一回性が刻まれている。

 

 

 

本演奏は《海の絵》の異形でありながら、決して異端ではない。むしろエルガーの精神的側面を照射する一つの真実である。海は単なる自然ではなく、永遠と向き合う場所であることを、このオルガン版は示している。

 

華麗さよりも深み。色彩よりも祈り。
これは確かに、なかなかの逸品である。

 

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