序奏とアレグロの失われたページ
大英図書館がエドワード・エルガーの序奏とアレグロの破れた草稿を入手とthe Guardian紙が伝えた。
1930年に作曲家がスケッチブックから削除していた「序奏」と「弦楽のためのアレグロ」のスケッチを独占公開
エドワード・エルガーの傑作の破れた下絵を取得 1930年に作曲家がスケッチブックから削除した「序奏」と「弦楽のためのアレグロ」
1930年に作曲者自身の手によって破かれた手書き楽譜の断片を大英図書館が入手。
大英図書館は、サー・エドワード・エルガーによる、彼の傑作のひとつである「弦楽のための序奏とアレグロ」の、これまで知られていなかったスケッチと手書き稿を入手。
15ページにも及ぶこのスケッチは、この作曲家の創作過程に新たな光を当てたといえるだろう。
そのうちの1枚には、彼が着手した未知のオルガン曲の始まりが記されている。 同図書館は、エルガーの91回目の命日を記念して、
2025年2月23日に発表を行った。 『エニグマ変奏曲』と『ゲロンティアスの夢』でその名を世界に知らしめたエルガーは、傑作の森と称される10年間の真っただ中の1905年、このヴィルトゥオーゾ的な『序奏とアレグロ』を完成させた。
エルガーは、この作品を委嘱した、当時結成されたばかりのロンドン交響楽団での初演を指揮。 この作品で、エルガーは弦楽器の表現言語を拡張したと言われている。 彼が没する4年前の1930年、彼はスケッチブックからスケッチを抜き取り、ヴァイオリンの教え子だったフランク・ウェブに渡したのである。
失われたページは、「序奏と弦楽のためのアレグロ」の作曲過程の研究者による研究に大いに役立つだろう。
ウェッブの息子、アランは後にこう回想している:
「彼(エルガー)が父を訪ねてきて......ポケットから何枚かの原稿用紙を取り出して、
「これ、どうだい?」と言ったんです。それが序奏とアレグロのスケッチだったのです」。
今回、大英図書館がこのスケッチブックを入手したことで、このページが他のエルガーが残した多くのスケッチと統合されることになった。
同図書館の音楽コレクション責任者であるサンドラ・タッペンは、このコレクションはエルガーの創造性に「光を当てるという点で重要だ」と述べた。
「この曲の下絵と最終版の自筆原稿はすでに図書館にあります」
「この新収蔵品は、そのギャップを埋めるという意味で重要です。それに匹敵するものは以前にはありませんでした」。
タッペンによれば、スケッチにある音楽はすべて最終稿で使われたものだが、実は同じ順番ではなかったという。
「研究者にとっては、彼がどのように作曲したかを分析する絶好の機会になるでしょう」。
「これは初めて明らかになったことです。私が知る限り、研究者にはまったく知られていません。書籍にも載っていません。ですから、研究者たちがこの曲を研究し、新しい版を作るときに使うチャンスになるでしょう」。
タッペンは言う:
「手稿を見ると、彼が......セクションごとに欲しい楽器の名前を書き込んでいるのがわかる。つまり、彼はすでにスケッチの中でオーケストレーションを練り上げているのです」。
ウェールズ・チューンとして知られるメロディーのひとつは、1901年にエルガーが休暇でウェールズを訪れた際に耳にした遠くから聞こえたという聖歌隊の歌声からインスピレーションを得たものだ。
タッペンは言う: 「ウェルシュ・チューンは楽譜の中に何度も出てきます。彼はハーモニーを考えている。そして最終的な作品に登場する完全なオーケストレーション版がある。つまり、楽譜の中で彼が実際に作業している様子を見ることができるのです」。
同図書館は、エルガーのオリジナル手書き楽譜と手紙の世界最大のコレクションを誇っている。この図書館は、エルガーの娘であるキャリスから大量の資料を直接譲り受けた。
彼女はスケッチブックを親しい友人に譲り、その友人が1984年に図書館に寄贈したのだ。
大英図書館は今回、ウェッブの子孫に代わってクリスティーズのプライベート・セールスが企画したセールで、破れたページに5万ポンドを支払った。
もしこのようなコレクションが一般市場に出ていたら、その希少性からおそらくもっと高値で取引されていただろうとタッペンは言う。
「クリスティーズは、私たちのコレクションの資料と関連があるかもしれないので、見てみたいと直接私たちに尋ねてきたのです。どのスケッチブックに描かれたものかを特定しました」。
彼女は、ウェブがヴァイオリニストであったために、エルガーがそれらの特定のページを切り取ったのではないかと推測している。
「なぜなら、彼がそのページを切り取った手稿には、声楽曲を含む他の作品がたくさん含まれているからです。ということは、ウェッブは友人に渡すためにそのページを選んだようだ。
「これは今、英国民のために保存されており、誰でも見ることができる」。
今後は大英図書館のギャラリーに展示される予定とのことである。
これによって「序奏とアレグロ原典版」というような補完作品が登場することが十分考えられる。
つまり、曲の構成は従来以下のようになるわけであるが、この原典版のような自筆譜では構成の順番が異なるということになるのだろう。
1.緩やかな序奏 moderate~allegretto 全合奏
2.ウエリッシュチューン① ヴィオラソロ~カルテット~全合奏
3.序奏冒頭 ウエリッシュチューン②カルテット
4.第二テーマ moderate 全合奏
5.アレグロ カルテット~全合奏
6.ウエリッシュチューン③
7.大フーガ
8.第二テーマ回帰 moderate 全合奏
9.アレグロ回帰 全合奏
10.ウエリッシュチューン④ 全合奏
11.コーダ(アレグロ)
この記事はガーディアン紙の該当記事を筆者が翻訳の上加筆したものである。
元記事
the Gurdian
破れたスケッチブックが語る創作の舞台裏
1. はじめに
2025年2月23日、大英図書館が入手した未公開のエルガー直筆スケッチが、音楽学界に新たな波紋を呼んでいる。エドワード・エルガー(Edward Elgar, 1857–1934)の弦楽四重奏と弦楽合奏のための名作《序奏とアレグロ》に関連する破れた草稿15ページが発見・公開されたのである。この資料は、作曲家が1930年に自らスケッチブックから切り離し、弟子フランク・ウェッブに託したもので、その存在自体がこれまで知られていなかった。
大英図書館は、エルガー没後91年を記念し、この草稿を取得・公表した。発見された草稿は、作品の構成順の再検討、そしてエルガーの創作法の再評価に重要な手がかりを与えている。
2. 草稿の内容と構成再考
2.1 標準構成とスケッチの照合
これまでの《序奏とアレグロ》の楽曲構成は、おおよそ以下のように分析されてきた:
序奏(Moderato – Allegretto)
ウェリッシュ・チューン①(ヴィオラソロ~カルテット)
序奏再現+ウェリッシュ・チューン②
第二主題(Moderato, 全合奏)
アレグロ(四重奏~全合奏)
ウェリッシュ・チューン③(変奏)
大規模なフーガ
第二主題回帰
アレグロ回帰
ウェリッシュ・チューン④
コーダ
今回発見されたスケッチは、この順序とは異なる構成順を示していることがタッペン館長の分析により明らかとなった。エルガーが草稿段階で素材を断片的に配置し、再構築していくプロセスが、破られたスケッチによって可視化されることになる。
とりわけ注目されるのは、ウェリッシュ・チューンが草稿の中で何度も現れる点である。これは、メロディが単なる挿入句ではなく、構造的軸を成していたことを意味しうる。
3. オーケストレーションと創作意図
3.1 スケッチにおける記述的書き込み
タッペンの証言によれば、エルガーは草稿の段階で既にオーケストレーションの詳細を記述していた。これは、単なる旋律線のメモではなく、セクションごとの楽器指定を含む実質的なスコア草案として機能していたことを意味する。
エルガーはしばしば「即興的」に作曲する作風を持っていたとされるが、こうしたスケッチからはむしろ緻密に構成を練る職人的手法が見て取れる。特に本作においては、弦楽合奏とソロ四重奏の対比が重要な構成原理であり、楽器指定の草稿はその対位的・交差的展開を意図していたことを証するものである。
4. 民謡的素材とウェールズの記憶
草稿中に繰り返し登場するメロディは、エルガーが1901年にウェールズ滞在中に聴いた聖歌隊の旋律に基づくとされている。後年のエルガー作品にもしばしば見られるように、土地と記憶の音楽的記録という側面がこの作品にも潜んでいた可能性がある。
また、このウェールズの旋律が曲中で多層的に扱われることは、《エニグマ変奏曲》における暗示的主題(“hidden theme”)との共通性も指摘できる。どちらも記憶・個人・国家的アイデンティティが交差する構造を持っており、エルガーがこの種の記号操作に長けていた証左ともなろう。
5. 資料的意義と今後の展望
今回の草稿入手により、《序奏とアレグロ》のいわば「原典版」編集の可能性が開かれた。音楽学的には、構成順の再検討、旋律生成のプロセスの復元、またオーケストレーションの発展的観察が可能となる。とりわけ「アレグロ主題の生成」に関する分析は、草稿から最終稿への変遷を追う上で大きな鍵を握るだろう。
同時に、このような草稿の発見は、作曲家の「完成稿神話」への問いを投げかけることにもなる。すなわち、エルガーの音楽は決して一意的な最終形に至る一本道ではなく、試行錯誤と再配置による複雑な構成物であったことが明確になる。
6. 結語
《序奏とアレグロ》の破られた草稿の発見は、エルガー研究にとって極めて重要な史料的価値を持つ。そこには作曲家の創作過程、楽曲構成の流動性、そして彼の記憶と場所への感受性といった多面的なテーマが交錯している。
今後、原典批判的校訂版の刊行、あるいは学術的な演奏実践の再構築など、多方面への波及が期待される。この断片的スケッチは、エルガーという作曲家の「創造する手の痕跡」として、20世紀音楽における記憶と構築の新たな章を開くことになるだろう。