大友/群響によるエルガー2番
日時
2013年10月4日 (金) 19:00 開演 (18:30 開場)
会場
東京オペラシティ コンサートホール
出演
指揮: 大友 直人
チェロ: 横坂 源
オーケストラ: 群馬交響楽団
プログラム
エルガー: セレナード ホ短調 作品20
エルガー: チェロ協奏曲 ホ短調 作品85
エルガー: 交響曲第2番 変ホ長調 作品63
不思議なことに日本ではエルガー交響曲第2番5年周期説というものがある。
エルガー2番が演奏されるのはなぜか約5年ごとのことなのである。まず1997年の大友東響の演奏に始まる。そして5年後の2002年にやはり大友と東響。そして2007年も同じく大友と東響。本来ならば2012年に大友東響による演奏が入るはずなのだろうが、予言が少し外れてしまったようだww。しかし、2012年にはダニエル・ハーディングが新日フィルでエルガー2番を演奏している。そして1年の誤差はあったものの大友直人によるエルガー2番がこうして実現したのであるからあながち5年周期説も捨てたものではないだろう。
これだけのエルガー2番の演奏経験を持っている日本人指揮者は大友ただ一人であろう。これだけの経験値がどれほどこの日の演奏の血肉になったであろうことは、その演奏のほぼ全てに付き合ってきた筆者にとってどれほど実感できたことであろうか?
一番最初97年ころの大友東響による演奏は、難曲だけに東響として弾きこなすのにかなり難儀している印象があったものだ。ところが今回の群響を聴くにあたってほぼ心配することなく聴き終えることができた。終演後に大友氏にこのことで絶賛の言葉を贈ったのであるが、大友としては今後5年くらいかけてもっと磨き上げていきたいと語っていたので、今後の群響の成長が楽しみなところである。
大友の解釈は例によって一楽章は速めのテンポで進め、終楽章のコーダに向かうに従ってテンポを落とし、オケを朗々と歌わせる。
エルガーの2番は1番と異なり、最後はしんみりと終わるタイプの曲ゆえ、1911年の初演での聴衆受けはあまりよくなかった。またエルガーの1番は好きだが2番はちょっと…というリスナーもいる。演奏家でもそれまでコテコテの演奏効果に仕上げているくせに最後のほうで練習時間が不足してしまったのかどうか最後をサラッと通り過ぎる人もいる。
こういうリスナーや演奏家は、残念ながらエルガーの精神と一番遠いところに位置している存在といえるだろう。
エルガーはこの曲に彼のパーソナリティの成り立ちのかなりの部分を露呈しているからだ。
実際、エルガーは晩年、指揮者のバルビローリに、本当の音楽は練習番号155番(第4楽章の最後のほう)から始まると語っている。
第1楽章で見せるエルガーの姿はとても立派に功成った作曲者の威厳のある姿である。2楽章では少しメランコリックになり咽び泣いている彼の苦悩が現れている。第3楽章で彼は心の葛藤にもがき苦しむ。そして、第4楽章の最後で平安を取り戻すことができ、やっと彼の本心をさらけだすことができる。正に第1楽章の第1主題と、喜びの精霊の主題、第4楽章の第1主題。この3つが豊かに融合する第4楽章最後の場面は比類のない美しさだ。
この精神を理解してこそエルガーの2番の核心部分に迫ることこができる。
大友直人が確実にこの部分を理解しているからこその終楽章コーダの扱いとなって現れているのである。
エルガーのロンドと呼ばれる舞台劇がある。交響曲第2番を題材とした舞台劇である。交響曲の初演が惨憺たる失敗となって大きく落胆している作曲家を励まそうと多くの友人たちがエルガーを激励に訪れる。しかし彼は頑なまでに心を開こうとせず友人たちも途方に暮れる。最後には彼も心を開くのであるが、この劇中の葛藤から心を開くまでの過程が正に交響曲第2番の展開そのものなのである。