エルガーの魂の正統継承について――尾高忠明による《交響曲第3番》演奏をめぐって
2025年4月24日
サントリーホール
指揮:尾高忠明
(東京フィル 桂冠指揮者)
ピアノ:舘野 泉*
尾高惇忠/『音の旅』(オーケストラ版)より
第1曲「小さなコラール」
第5曲「シチリアのお姫さま」
第15曲「フィナーレ~青い鳥の住む国へ~」
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲*〈ラヴェル生誕150年〉
エルガー/交響曲第3番(A. ペイン補筆完成版)
Conductor: Excellent 5
Orchestra Very Good 5
Audience Good 3
Pabliscity 3.5
Total 16.5/20
82.5%

エルガーの魂の正統継承について――尾高忠明による《交響曲第3番》演奏をめぐって
エルガーには「魂の正統継承者」と呼ぶべき系譜が存在する。
ここで言う「正統」とは、単なる影響関係ではなく、いわば直系と呼ぶべき精神的継承である。
一般的には、エルガー自身から直接、作品解釈の指南を受けたエイドリアン・ボールト、そしてその弟子にあたるバーノン・ハンドリーが、その正統的系譜に位置づけられるだろう。
しかし、未完に終わった《交響曲第3番》に関しては、事情はまったく異なる。
この作品では、エルガーの晩年に作曲を間近で支え、自筆譜を託されたウィリアム・ヘンリー・リード(通称ビリー)が極めて重要な存在となる。そして、リードから作品のエッセンスを受け継ぎ、最終的に補完を成し遂げたのがアンソニー・ペインである。
さらに重要なのは、そのペインから唯一、この作品の秘儀とも言える精神性を直接授けられている指揮者が、尾高忠明であるという点だ。
それは、《交響曲第3番》第4楽章における「儀式性」である。
ペインは多くの著作や論考を残しているが、この「儀式性」については、驚くほど沈黙している。ただし、この点に関してのみ、尾高忠明に対して口頭で直接伝えたことが知られている。
エルガー → ビリー → ペイン → 尾高忠明。
このラインこそが、《交響曲第3番》における正統的魂の継承であると断言してよいだろう。




尾高忠明の《交響曲第3番》解釈の変遷
初演時の札幌公演から現在に至るまで、尾高忠明の《交響曲第3番》を追い続けてきた者として、近年の演奏には明確な変化が感じられる。
当初の演奏では、全曲の演奏時間は60分を優に超えていたはずだが、今回の演奏では60分を切っていたのではないだろうか。
同様の傾向は《交響曲第1番》にも見られる。たとえば、BBCウェールズ交響楽団を指揮していた頃と、近年の大阪フィルを指揮した演奏とでは、演奏時間に明らかな短縮が見られる。
この点について、尾高自身が次のように語っている。
「昔は情に流されてズルズル流されちゃう傾向があったのですが、最近はそういう流されっぱなしにならないようにしています」
《交響曲第3番》にも、同様の変化が表れてきているのではないだろうか。
「ゲロンティアスの夢」と第3番――儀式としての連関
特に注目すべきは、つい2週間前に《ゲロンティアスの夢》を演奏し、その直後に《交響曲第3番》を取り上げたという流れである。
これは、偶然でありながら、きわめて象徴的な配置と言える。
ペインが第4楽章を構築する際、ビリーの証言や著作を大いに参考にしたことはよく知られている。
さらに、ペイン自身が、この作品全体を「エルガーへ捧げる儀式」として捉えていたことも重要である。
そして、その儀式性の下敷きとなっているのが、《ゲロンティアスの夢》における儀式性なのである。
つまり、《ゲロンティアスの夢》と《交響曲第3番》は、「儀式」というキーワードによって、きわめて密接な関係にある作品だと言える。
その二作品を、結果的に連続して演奏することになったこの流れは、あらかじめ仕組まれたものではないからこそ、むしろ暗示的である。
第4楽章――三人による儀式
今回の演奏では、特に第4楽章における「荷馬車」の主題に注目して鑑賞した。
第4楽章は、エルガー、ビリー、ペインの三者による儀式であると考えられる。
そして、それぞれに対応するテーマが存在する。
まず冒頭のファンファーレ。
これはエルガー自身がオーケストレーションまで完成させていた素材であり、ここではエルガーのテーマと呼ぶことができる。

次に、ペインが補完に際して重視した「アーサー王」の要素。
これがペインのテーマである。
そして、この二人を結びつけるキーパーソンであるビリーのテーマ。
それは、彼がエルガー作品の中で最も愛したと語っていた《子ども部屋》組曲第5曲「荷馬車」の主題、正確にはそのリズムである。

オリジナルの「荷馬車」では、主に下降音形として現れるこのリズムが、第4楽章では上昇音形として現れる。
さらに「荷馬車」には二つの要素がある。
① 曲全体を貫く下降音形のリズム ② そのリズムに乗る上昇音形の主題

第4楽章で用いられている「荷馬車」の主題は、①の下降音形のリズムと、②の上昇音形の旋律を融合させたハイブリッドであることが分かる。
さらに言えば、この②の上昇音形の主題は、冒頭のエルガー自身によるファンファーレと、どこか似た輪郭を持ってはいないだろうか。
今回新たに気づいた点であり、まだ十分に掘り下げられてはいないが、両者の間に関連性がある可能性は高いと感じている。
実はこの荷馬車のリズムのよく似たものは、第2楽章のスケルツォにも登場している。こちらも「アーサー王」からの引用でテーマの下に延々と流れるリズムなのである。こうなるともともとが「アーサー王」と組曲「子ども部屋」には関連性があり、それをペインが意識的に引用したということが言えるのかもしれない。
このような、ペインが施した深層の儀式性を踏まえた上で《交響曲第3番》を演奏できる指揮者は、現時点では尾高忠明以外に見当たらないというのが率直な実感である。
それは、単なる解釈や研究の成果ではなく、
正統な魂の継承によってのみ可能となる演奏だからである。
尾高忠明のエルガー3番 日本初演
読売交響楽団/尾高忠明指揮によるエルガー/ペインの交響曲第3番
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