世界初のステレオ録音はエルガー?
偶然の産物としての“ステレオ”録音──エルガー自作自演《コケイン序曲》の録音史的意義
ステレオ録音の黎明期における技術的マイルストーンとして、1932年にストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団を指揮して録音したスクリャービン《プロメテ―火の詩》が広く知られている。同録音は、二基のマイクロフォンを用いて左右の音場を再現した、世界初のステレオ録音と位置づけられている。また、1944年にはカラヤンによるブルックナー《交響曲第8番》(ただし第1楽章を欠く)、1954年にはトスカニーニの引退記念コンサートもステレオで記録されており、これらはいずれもクラシック音楽における初期ステレオ録音の重要例である。
こうした意図的な技術革新の流れとは別に、1933年には偶然に近い形でステレオ録音が実現していた例が存在する。それが、エドワード・エルガー自身が指揮した《コケイン序曲(Cocagne Overture)》の録音である。本録音は、オリジナルセッション時に意図せずして異なる位置に配置された二本のマイクロフォンによって収録された音源を、近年の復元作業により“ステレオ風”に再構成したものである。
この再構成ステレオ音源は、技術的処理によって後世に作られた「疑似ステレオ」音源の多く、特にブライトクランク(Peter Brichtkranz)などによるものと比較しても、はるかに自然かつ生々しい音場再現を実現している。空間的定位、響きの広がり、そして音の質感において、もし聴取者に事情を知らせずに聴かせた場合、1933年録音とは思えぬリアリズムを備えた“本物のステレオ”として認識される可能性が高い。
加えて、この《コケイン序曲》は、エルガーが遺した自作自演録音の中でも屈指の完成度を誇っている。テンポ設計、ダイナミクスの処理、楽曲の推進力において、エルガー自身の音楽観が鮮明に示されており、演奏史的・録音史的の両面において極めて価値の高い記録である。結果として、本録音は“偶然の産物”であるにもかかわらず、20世紀初頭の音楽録音技術と表現の可能性を示す貴重な資料として位置づけられるべきである。
エドワード・エルガーが1933年に指揮した「コケイン序曲(Cockaigne Overture)」の録音は、偶然にもステレオ録音となった歴史的な音源である。この録音は、アビーロード・スタジオ第1スタジオで行われ、BBC交響楽団が演奏を担当した。当時の録音技術では、複数のマイクロフォンとディスクカッターを使用して同時に録音することがあり、これにより偶然にもステレオ効果が生まれた。特に「コケイン序曲」の録音では、3面のうち第3面がステレオで残されており、後年の技術によりステレオ音源として再構築された。
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この「偶然のステレオ録音」は、エルガーの他の録音にも見られ、例えば1928年のチェロ協奏曲では6面中5面がステレオで保存されている。これらの録音は、エルガーが自作を指揮した貴重な記録であり、彼の音楽解釈を直接体感できる貴重な資料となっている。特に「コケイン序曲」の録音は、エルガーの指揮による生き生きとした演奏が収められており、当時の録音技術の限界を超えた鮮明な音質で知られている。
この録音は、SOMMレーベルから「Elgar Remastered」としてリリースされており、エルガーの他の自作自演録音とともに収録されている。また、Naxosレーベルからも「Elgar conducts Elgar」というタイトルでリリースされており、エルガーの指揮による演奏を楽しむことができる。
このように、エルガーの「コケイン序曲」の録音は、偶然の産物としてのステレオ録音でありながら、彼の音楽解釈を現代に伝える貴重な遺産となっている。これらの録音を通じて、エルガーの音楽の魅力を再発見することができる。
さらに、YouTubeではこの録音の一部を視聴することができる。例えば、以下のリンクからエルガー指揮による「コケイン序曲」の録音を聴くことができる。
Cockaigne, Op. 40, "In London Town": Overture (stereo) · BBC Symphony Orchestra
Elgar Remastered
℗ 2016 SOMM Recordings
Released on: 2016-09-30
Conductor: Edward Elgar
Orchestra: BBC Symphony Orchestra
Composer: Edward Elgar