愛の音楽家エドワード・エルガー

エルガー交響曲第2番に関してのナゾ?

エルガーの交響曲第2番については、長年聴き込んできたにもかかわらず、いまなお腑に落ちない点がいくつかある。とはいえ、それは大仰な「謎」というよりも、「なぜそのままなのだろう?」と首をかしげてしまう類のものである。

 

この作品の名演として、バルビローリとボールトという二人の巨匠による録音が、今日に至るまで揺るぎない評価を保ち続けていることに異論はあるまい。とりわけ、ボールトがEMIに残したスタジオ録音は、構築の明晰さ、抑制の効いた情感、そして作品全体を貫く高貴な諦念において、まさに「規範」と呼ぶにふさわしい演奏である。

 

そのボールト盤について、以前から気になって仕方がない箇所がある。
第2楽章、リハーサル番号70番。オーボエ・ソロが朗々と歌い上げる、楽章の中でもとりわけ印象的な場面である。オーボエ奏者にとっては、これほど“おいしい”瞬間もそう多くはないだろう。

 

ところが、その70番5小節目に現れるCナチュラルが、明らかに吹き損じられている。
しかもこれは、注意深く聴かずとも分かるほど、かなり目立つミスである。

 

不思議なのは、この録音がスタジオ録音であるという点だ。ライヴであれば「一期一会」で済まされるかもしれないが、スタジオであれば、いくらでも録り直しは可能だったはずである。実際、演奏者自身も、指揮者も、録音スタッフも、このミスに気づいていなかったとは考えにくい。

 

では、なぜこのまま世に出たのか。

 

これはボールト自身のポリシーだったのか、それとも制作サイドの判断だったのか。
この録音当時、EMIの名物プロデューサーであったワルター・レッグはすでに1963年に同社を去っており、後任はクリストファー・ビショップである。彼の編集方針、あるいはボールトとの力関係が、どの程度影響していたのかは定かではない。

 

いずれにせよ、この“疵”は確かに存在する。
しかし、だからといって、この録音の価値がいささかでも損なわれることはない。むしろ、このような瑕疵を内包したまま、なお揺るがぬ説得力を保っているという事実こそが、この演奏の格の高さを雄弁に物語っているとも言えるだろう。

 

完璧さではなく、音楽の本質によって記憶される演奏。
ボールトのエルガー第2番は、まさにその典型例なのである。

 

「この“傷”を含めてこそボールト的なのではないか」という逆説

 

 

第2楽章リハーサル番号70番におけるオーボエの吹き損じは、一般的な「完成度至上主義」の観点からすれば、修正されるべき対象であろう。ましてやスタジオ録音である以上、なおさらである。

 

しかし、ここであえて逆の見方を提示してみたい。
この“傷”を含めてこそ、エイドリアン・ボールト的なのではないか、という逆説である。

 

ボールトのエルガー解釈は、しばしば「禁欲的」「非ロマン的」「感情を抑制した構築美」と形容される。しかしそれは、冷たさや無機質さを意味するものではない。むしろ彼が忌避したのは、演奏者の自己主張や、情緒過多な装飾、そして“出来映えの良さ”を誇示する態度であった。

 

ボールトにとって重要だったのは、音楽が自然に流れることであり、細部の完璧さではなかった。演奏は「作り込まれるべき対象」ではなく、「あるべき姿に委ねられるべき過程」だったのではないか。

 

その意味で、このオーボエのミスは、作品の流れを本質的に損なってはいない。旋律の意味は依然として明確であり、情感の方向性も揺らいでいない。むしろ、そこに一瞬生じる不完全さは、人間の呼吸がそのまま音楽に刻印されたかのような、生々しさを伴っている。

 

もしこれが、フレーズの核心を歪める致命的なミスであったなら、ボールトは決して看過しなかっただろう。しかし、音楽の大きな流れを阻害しない限りにおいて、彼はそれを「許容」した――そう考えることは十分に可能である。

 

さらに言えば、エルガー交響曲第2番そのものが、ある種の「未完性」や「揺らぎ」を内包した作品であることも無視できない。栄光の時代の終焉、理想の崩壊、個人的な喪失感。これらが複雑に絡み合ったこの作品において、過剰に磨き上げられた完璧な表面は、むしろ不誠実ですらあり得る。

 

その意味で、ボールト盤に残されたこの小さな傷は、エルガーの音楽を“生きた時間の中のもの”として提示しようとした姿勢の、無意識の表れなのかもしれない。

 

結果として、この録音は「無傷の名演」ではない。
しかし、だからこそ「老練な賢者が語るエルガー」として、今日まで特別な位置を占め続けているのである。

 

 

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