再出発・・・合唱音楽の里

《黒騎士》作品25 ― 合唱と管弦楽による交響的カンタータ

『黒騎士』(The Black Knight, Op. 25)は、エドワード・エルガーが1889年から1893年にかけて作曲した合唱と管弦楽のためのカンタータである。ルートヴィヒ・ウーラントのバラード『Der schwarze Ritter』に基づくもので、英訳はアメリカの詩人ヘンリー・ワズワース・ロングフェローによる。エルガーが自ら「合唱と管弦楽のための交響曲」と呼んだように、本作は交響曲的な構成意識と声楽的要素が高度に融合した意欲作である。

 

本作はエルガー初期の重要な成果の一つであり、彼の劇的感覚と構成力の萌芽を示している。出版に際してはノヴェロ社が「カンタータ」として扱ったが、実質的には交響的構想のもとに書かれた大規模な叙事詩的作品である。独唱者は登場せず、ナラティヴの進行はすべて合唱によって担われる点に特徴がある。

 

バジル・メインをはじめとする研究者たちは、本作におけるエルガーの目的が、声楽と器楽の色彩的融合にあったことを指摘している。また、詩の緩やかな形式を構造的に凝縮し、交響曲に典型的な四楽章制に対応する四つの場面として再構成している点も注目に値する。

 

あらすじと象徴性

物語は中世の王国を舞台とし、ペンテコステの祝祭の日に開かれた騎士のトーナメントに始まる。王の息子が華々しく勝利を重ねるなか、突如として「黒騎士」と呼ばれる謎の存在が現れ、王子との一騎打ちでこれを破る。夕刻の饗宴に再登場した黒騎士は、王女との婚姻を申し出て彼女と舞踏を共にするが、王女の髪に差していた小花は突如萎れてしまう。

 

その後、王の2人の子どもが蒼白となり、黒騎士が「癒しのワイン」と称して差し出した杯を飲んだ直後に倒れ、命を落とす。悲嘆に暮れた老王は黒騎士に自らをも殺すよう求めるが、騎士はこれを拒否する。物語には明確な教訓性や悪の動機に対する説明はなく、むしろこの不条理で象徴的な終幕に、聴衆の想像力を喚起させる余地が残されている。

 

構成と音楽的特徴

作品は以下の4つの場面(章)から構成されており、それぞれが交響曲の伝統的な4楽章と対応している:

 

The Tournament(競技)

開幕では野外的で陽気な主題が用いられ、祭りの熱気と群衆の高揚感を描写する。三連符のリズムが多用され、特に3拍目で下降するモチーフがしばしば登場する。

 

The Stranger(異邦人)

管弦楽が柔らかに幕を開け、黒騎士の登場とともに劇的緊張が高まる。彼の主題は減七和音によって象徴的に導かれ、以降の悲劇を予兆する。群衆が合唱で彼に名乗りを要求する場面では、応答の直前に沈黙が置かれ、効果的な緊張を演出する。

 

The Dance(舞踏)

明朗で優雅な主題が王の宴を描写するが、黒騎士の登場とともに音楽は再び彼の主題へと回帰し、やがて混沌へと向かう。減七和音の再登場とともに、王女の髪飾りの花が枯れるという不吉な出来事が音楽で表現される。

 

The Banquet(饗宴)

騎士の乾杯によって宴が開始され、次第に狂乱と恐怖へと発展する。子どもたちが死に、音楽は静まりかえったのち、嘆きの合唱が頂点を迎える。王の殺害を拒む黒騎士の場面は、無伴奏合唱による静謐な書法で描かれ、緊張感を一層高める。終曲では騎士の主題がフォルテで回帰し、劇的な頂点を築くが、最後の7小節ではわずか2つの楽器のみが残され、音楽は消え入るように閉じられる。

 

意義と位置づけ

『黒騎士』は、エルガーにとって本格的な管弦楽作品への飛躍を示す試金石であると同時に、彼の宗教性・象徴主義・劇的感性の源流を探るうえで重要な作品である。後年の《ゲロンティアスの夢》《使徒たち》《神の国》といった宗教オラトリオ作品に通じる要素――音型象徴、合唱の語り的用法、非線的な時間意識――は、すでにこの作品において萌芽的に見出される。

 

また、本作における「黒騎士」という象徴的存在は、エルガーが後年しばしば描いた「運命」や「不可視の意志」といったテーマと通底しており、作曲家自身の精神的・神秘的な関心とも無関係ではない。

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