マンゼの1番
🎼 Edward Elgar – Symphony No. 1 in A♭ major, Op. 55Andrew Manze / NDR Radiophilharmonie(2022年6月18日、ノイブランデンブルク、フェストシュピーレ・メクレンブルク=フォアポンメルン)
2022年6月18日、ノイブランデンブルクの「コンサート教会」で行われたアンドリュー・マンゼ指揮NDRラジオ・フィルハーモニー管弦楽団によるエルガー交響曲第1番の演奏は、エルガー演奏史において極めて重要な現代的成果のひとつであろう。
エルガーの音楽を“イギリス的なもの”としてではなく、ヨーロッパ全体のロマン主義の系譜に連なるものとして提示する、知的かつ共感的な解釈である。
I. Andante. Nobilmente e semplice – Allegro
マンゼは冒頭の「nobilmente」主題を、決して押しつけがましくせず、気品と静けさをもって提示します。弦の厚みも自然体で、深い呼吸が音楽を包み込む。
テンポ設定は中庸で、大仰さを避けながらもドラマの起伏は丁寧に描出。とくに金管の響きが抑制されており、英国的な「荘厳な咆哮」よりも構築美を志向するアプローチが印象的。
II. Allegro molto
このスケルツォはやや軽やかさを強調し、機知と皮肉のニュアンスが浮かび上がります。英国指揮者が演奏するとここはしばしば土臭くなる部分ですが、マンゼはリズムをキビキビと刻みつつ、中欧的な緻密さをもってコントロール。
NDRラジオ・フィルのアンサンブル能力が光り、木管群のフレージングも精緻で色彩感に富んでいる。
III. Adagio – Molto espressivo e sostenuto
この交響曲の心臓部ともいえる第3楽章では、深い精神性と内省的な美しさが極めて高いレベルで実現されている。
マンゼの解釈は、情熱を内に秘めた抒情であり、テンポは遅すぎず、響きの過剰な膨張を避けつつ、音の陰影によって静かな魂の旅を描きだす。
とくに弦楽のスローボウによる繊細なサスティンは、内なる祈りのよう。
IV. Lento – Allegro – Grandioso (poco largamente)
終楽章では、マンゼは「勝利」や「荘厳」といった表層的解釈を退け、むしろこの作品全体を通しての“精神の円環”を完成させるような、控えめな達成感を目指す。
「nobilmente」主題の回帰も、感動を煽るというよりは、静かに魂が統合されていくような感覚を喚起。最後のコーダも決して爆発的ではなく、自然で、穏やかな高揚感が心に染み入りる感じだ。
🎻 演奏の特徴まとめ
特徴内容
🎼 解釈構築的で内省的。誇張を避けた高貴な音楽作り
🎻 サウンド透明感と柔らかさ。英国的濃厚さより、ドイツ的整合感
🎶 アンサンブル木管と弦の連携が極めて秀逸。特にアダージョ楽章での統率感
🏛️ 会場の響き教会空間ならではの自然残響が楽章ごとの雰囲気を増幅
🏅 総評
アンドリュー・マンゼのこの演奏は、現代のエルガー解釈における“新しい道”を示すものであり、イギリス音楽の固定観念を打ち破る試みとして高く評価されるべきである。
この作品をイギリス音楽の殿堂から解き放ち、マーラーやブルックナー、シューマンといった大陸系ロマン派の流れの中で再提示する試みとして、教育的・文化的価値も極めて高いといえるだろう。
この録音は、英国外のオーケストラがエルガーにどこまで迫れるかという問いに対し、ひとつの明快な回答を示すものである。エルガーファンにも、交響曲好きにも必聴の名演。マンゼ、只者ではない・・・・。