エルガーのヴァイオリン協奏曲のタイムテーブル
エルガーのヴァイオリン協奏曲のタイムテーブル。
エルガーの《ヴァイオリン協奏曲》について語られる際、半ば決まり文句のように用いられる表現がある。「50分超えの大曲」というそれである。しかし、この言い回しは、少なくとも実証的な裏付けを伴ったものとは言いがたい。
2006年頃まで更新されていた演奏タイムテーブルを見ると、この作品の実態はそうとも言い切れないということが分かる。確かに50分を超える演奏が皆無というわけではない。最長はボールト指揮、ヘンデル独奏による約55分の演奏であり、他にも数例、50分台に達するものは存在する。しかし、それらはあくまで例外的存在にとどまる。
一方、最短記録として知られるのは、サージェント指揮、ハイフェッツ独奏による驚異的な約41分という演奏である。エルガー自身が指揮し、マリー・ホールが独奏を務めた約16分の録音も存在するが、これはハイライト盤であり、全曲演奏と同列に論じるのは明らかに不適切であるため、統計からは除外すべきだろう。
こうした極端な例を整理したうえで平均を取ると、全曲演奏の平均演奏時間はおよそ48分前後に収束する。つまり、「50分超え」という表現は、平均像を示すものではなく、むしろ一部の遅めの演奏に引きずられた印象論にすぎない。
では、なぜこのような表現が広く流布してしまったのか。誰か一人の評論家、あるいは音楽ライターがどこかで不用意に書いた一文が、検証されることなく孫引きされ続けてきた結果なのだろう。残念ながら、一次資料に当たることも、自らデータを確認することもせず、既存の言説をなぞるだけの書き手が少なからず存在するのが、この業界の現実である。
この例に限らず、こうして生まれた「ガセに近い通説」は、一度広く流通してしまうと、完全に是正されるまでに数十年、場合によっては百年単位の時間を要する。音楽史の中で、そうした例を私たちは幾度となく目にしてきた。
だからこそ、この《ヴァイオリン協奏曲》を「50分超えの大曲」と無批判に形容することには、私は強い違和感を覚える。だから、私は絶対この表現は口に出さないように日ごろ意識しているので、この表現を目にしたり耳にしたりすると、その度に引っ掛かってしまうのである。作品の実像は、データを見ればはるかに柔軟で、可塑的であり、単純なレッテル貼りに収まるものではないからだ。
——エルガーの作品を語るとは、こうした「便利な言い回し」を疑うところから始めるべきなのではないだろうか。



