デイヴィスの4種類のゲロンティアス比較レビュー
サー・アンドリュー・デイヴィスによる指揮で演奏されたエドワード・エルガー《ゲロンティアスの夢》の4つの録音・映像に基づく比較レビューを記す。
【1】1984年 テレビ映像
出演: ジャネット・ベイカー(メゾ)、スチュアート・バロウズ(テノール)、ベンジャミン・ラクストン(バリトン)
演奏: BBCウェールズ交響楽団、フェスティヴァル合唱団、ウースター大聖堂少年合唱団
場所: ウースター大聖堂
サー・アンドリュー・デイヴィスにとって比較的若い時期の演奏ながら、すでにこの作品に対する深い共感がみなぎっている。ジャネット・ベイカーの「天使」は圧巻で、声そのものが信仰と浄化の象徴のように響く。スチュアート・バロウズのゲロンティアスはやや技巧的で線が細く聞こえる部分もあるが、全体としては演出も含め荘厳な宗教劇として非常に成功している。
特筆すべきは録音・会場ともに「音場」がもたらす霊性の雰囲気であり、特にウースター大聖堂の豊かな残響が楽曲の精神性を引き立てている。
【2】1991年 TV映像
出演: フローレンス・クィヴァー(メゾ)、キース・ルイス(テノール)、ウィラード・ホワイト(バス)
演奏: アンドリュー・デイヴィス指揮、BBC交響楽団
この映像は演奏の質という点ではきわめて高水準であり、デイヴィスの解釈にも円熟味が増している。特に後半部の「魂の旅立ち」の部分では、テンポ操作とフレージングにより、あたかも時間が溶けるかのような幻想的な感覚が醸し出される。ソリスト陣には若干の粗さが感じられる部分もあるが、合唱とオーケストラの一体感がそれを補って余りある。
デイヴィスがこの曲を「英霊のためのレクイエム」として捉えていることが端々から伝わってくる演奏である。
【3】1997年11月26日、BBC開局75周年記念演奏(商業録画)
出演: キャサリン・ウィン・ロジャース(メゾ)、フィリップ・ラングリッジ(テノール)、アルステア・マイルズ(バス)
演奏: BBC交響楽団、BBC合唱団
会場: ロンドン・セント・ポール大聖堂
デイヴィスによるこの記念演奏は、彼の《ゲロンティアスの夢》解釈における集大成的な内容を持っている。フィリップ・ラングリッジのゲロンティアス像は内省的で脆く、人間の魂の震えをリアルに描写しており、ロジャースの「天使」は静謐かつ温かな包容力を持つ。マイルズの司祭・天使役も力強く、全体として宗教劇としての完成度が高い。
セント・ポール大聖堂の巨大空間が「永遠性」や「神聖」を直接的に聴き手に届ける。技術的な完成度と精神的深みが融合した記念碑的演奏。
【4】近年の商業録音(音源)
出演: サラ・コノリー(メゾ)、スチュアート・スケルトン(テノール)ほか
演奏: BBC交響楽団、BBC交響合唱団
この録音ではサラ・コノリーの天使が非常に印象深い。彼女の声には優しさと荘厳さが同居しており、スケルトンのゲロンティアスは現代的な感性を加味した「彷徨う魂」のリアルな描写を行っている。録音の精度も高く、オーケストラの細部までクリアに聴き取れる。
デイヴィスの指揮はますます彫琢を極め、響きの透明度が際立つ。後半での劇的なクライマックスに至る構築の巧みさは、長年この作品を取り上げてきた指揮者だからこその境地である。
総評
サー・アンドリュー・デイヴィスは、《ゲロンティアスの夢》の現代最高の解釈者の一人である。彼の演奏からは、宗教的敬虔さのみならず、エルガーが抱いた「死と魂の旅」という主題への深い理解と共感が感じ取れる。
デイヴィスはこの作品において「構築」と「情緒」の絶妙なバランスを取り続けており、演奏のたびにその熟成度を深めている。とりわけ1997年のBBC記念公演と近年のスタジオ録音は、彼の芸術的完成度の高さを象徴する演奏であり、どちらもエルガーの霊性世界に触れる決定的録音として評価されるべきである。