《ゲロンティアスの夢(The Dream of Gerontius, op. 38)》

バルビローリのローマでのゲロンティアスライブ

1957年にローマで録音されたジョン・バルビローリ指揮による『ゲロンティアスの夢』海賊盤(Arkadia初リリース)は、まさに“音楽の現場”を切り取った臨場感が圧巻のライブ録音である。

 

🎙️ 音質と臨場感

音質は必ずしも高忠実とは言えず、一部ノイズやざらつきが混じる。ただ、それを補って余りあるのがマイクの設置位置の妙。指揮台に近いマイクはバルビローリの呼吸、唸り声、そして時折の語りかけといった、演奏の“息づかい”を鮮烈に捉えている。その生々しさは、聴く者を奏者たちと同じ空間に立ち会わせるような迫力を持っている。

 

🎼 指揮者バルビローリの熱情

録音を通じて感じられるのは、バルビローリ自身の徹底した音楽への没入だ。楽章間における緊張と緩和の呼吸も心地よく、特に第2部での終末の深さは、彼の指揮からにじみ出る信仰心にも似た内面世界の豊かさによって支えられている。

 

🎧 聴きどころ

神秘と霊性:第1部の冒頭や、天使との対話における緊密な呼吸の共有感が段違い。

 

声部の透明感:独唱・合唱の声が前に出すぎず、オーケストラと調和するあたりに彼のバランス感覚が光る。

 

バルビローリの存在感:彼の身体の動きまでも伝わってくるような録音で、演奏家としての彼自身が“生きている”記録だ。

 

🔄 再発の意義

海賊盤が正式リリースされるのは稀であり、それだけでも貴重な一枚。音質にこだわる向きには向かないが、この“録音でしか味わえない音楽の現場”にこそ、本物の魅力が宿っている。その意味で、再発とはただの復刻ではなく、ライブ演奏の本質への招待である。

 

✅ 総評
欠点

:音質は自然かつ荒削り(ノイズ、定位の曖昧さ)

 

長所

:バルビローリの「息づかい」、演奏会場の息遣いが如実に伝わってくる。まるで歴史の断片が蘇るような、記録としての価値と感動に満ちたライブ。

 

🎧 最後まで聴き通すほどに、バルビローリの「生きた解釈」が耳と心に染み込む、唯一無二の演奏体験である。

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バルビローリのゲロンティアス3種の比較

ジョン・バルビローリが指揮したエルガー《ゲロンティアスの夢》には、録音として以下の三つの重要な演奏が知られている。いずれもバルビローリのエルガー解釈の粋が詰まったものであるが、それぞれの録音が持つ特徴と録音環境、歌手の布陣によってその印象は大きく異なる。

 

🎧 比較対象の3種の録音:

 

🎙️ 録音状態と音響環境

A:1957年ローマ(Arkadiaライヴ)
 音質は劣悪だが臨場感は圧倒的。バルビローリの唸り声が鮮明に収録され、まるで客席で聴いているかのような緊張感がある。舞台と客席の「距離」が極端に近く感じられ、スコアの息遣いが生々しく伝わる。

 

B:1959年ニューヨーク(SOMM)
 ステレオ録音ながらアメリカのホール特有のやや乾いた音響。録音バランスは良好で、特に合唱とソロの分離がクリア。やや整然とした印象が残る。

 

C:1965年マンチェスター(EMI)
 バルビローリ円熟期の代表録音。音質は非常に良好で、細部までオーケストレーションが見通せる。録音自体がエルガー演奏の「決定盤」としての風格を備えている。

 

🎼 解釈と演奏内容の比較
1. 第1部(Gerontiusの死と祈り)

A(ローマ):Gerontius役の歌唱は記録上不明だが、やや硬質な発声で切迫感が強調されており、リリシズムよりもドラマ性が前面に出る。バルビローリのテンポは速めで、緊張を持続させる。

 

B(ニューヨーク):リチャード・ルイスのGerontiusは柔和で端正。バルビローリは慎重なアプローチで、アメリカの聴衆に向けてか、抑制された構築的な解釈がなされている。

 

C(マンチェスター):ルイスのGerontiusは熟成され、線が細いながらも祈りの深さが際立つ。ベイカーの天使は圧巻で、まるで時が止まるような静謐な美しさが全体を包み込む。

 

2. 第2部(魂の旅と裁き)

A:即興性すら感じさせる起伏の大きい演奏。合唱のバランスは荒く、音程も不安定な部分があるが、それがかえって人間の魂の彷徨という主題に迫真性を与えている。

 

B:合唱は洗練されており、構築美が際立つ。しかしながら、「魂の震え」といった感情のきしみはやや希薄。モーリン・フォレスターの天使は端正だが、ベイカーほどの神秘性はない。

 

C:ベイカーの天使はもはや神の使いのように崇高で、最後の「Softly and gently」では宗教体験に近い深みがある。バルビローリはテンポを自在に操りながらも、一点の濁りもない集中力で全体を導いている。

 

🏆 総合評価

 

 

1957年ローマ盤は音質こそ劣るが、バルビローリの息遣いすら聴こえるその「現場性」は唯一無二であり、スコアを超えた何かに触れたいリスナーにとって貴重な体験となる。

 

しかし、《ゲロンティアスの夢》という作品の全体像、構築の美、音響の豊かさ、霊性をすべて兼ね備えた演奏としては1965年EMI盤が最上と評価されるだろう。バルビローリがエルガーと深く共鳴した記録の中でも、これ以上のものはないかもしれない。

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