ゲロンティアスの家「バーチウッドロッジ」
1898年、41歳のエルガーは、ノース・モールヴァンのグレート・ストーリッジにある山小屋「バーチウッド・ロッジ」をセカンド・ハウスとして借り受けた。建築を手がけたのは、親友にして建築家、そして《エニグマ変奏曲》第7変奏〈Troyte〉のモデルとなったトロイト・グリフィスである。自然の地形に寄り添うように設計されたこのコテージは、単なる避暑用の別荘という以上に、エルガーにとって精神的な拠点となる場所であった。
エルガーは1898年から1903年まで、このバーチウッド・ロッジを折に触れて使用している。数多くの転居を余儀なくされた彼の生涯を振り返れば、この家がいかに特別な意味を持っていたかは明らかだ。本人がとりわけ愛着を示した住居のひとつであり、その評価は「最も気に入っていた家の一つ、あるいは二つのうちの一つ」と言っても過言ではない。
夏のあいだ、エルガーはこのコテージに身を置きながら創作に没頭した。その佇まいは、生家「ザ・ファーズ」を想起させる素朴さを備えており、彼の記憶と感情を自然に幼少期へと回帰させたに違いない。そしてこの場所で、彼は《ゲロンティアスの夢》という大作の大部分を書き上げている。
重要なのは、《ゲロンティアスの夢》が単なる宗教的オラトリオではなく、「孤独な魂の最終的な通過」を描いた、きわめて内省的な作品であるという点だ。その核心部分が、都市の喧騒や社会的視線から距離を置いた、この山小屋で書かれたという事実は象徴的である。バーチウッド・ロッジは、エルガーが外界の評価や期待から一時的に解放され、「カトリック作曲家エルガー」として最も正直に自己と向き合えた場所だったのではないだろうか。
この家は2017年当時、およそ54万ポンドで売りに出されていたという。日本円にして約1億円。数字として見れば現実的な不動産取引の一例に過ぎない。しかし、その壁の内側で生まれた音楽を思えば、この価格が示すのは市場価値ではなく、むしろ時代の隔たりそのものである。
現在、この家にどのような人が暮らしているのかは分からない。だが確かなのは、バーチウッド・ロッジがかつて、エルガーという作曲家にとって「最も深く沈黙できた場所」であり、その沈黙の中から《ゲロンティアスの夢》という比類なき精神のドラマが立ち上がった、という事実である。
この家は、今もなおエルガーの音楽の核心と静かにつながっている。


現在のバーチウッドロッジ



