《ゲロンティアスの夢(The Dream of Gerontius, op. 38)》

読響と《ゲロンティアス》——線として見えてくる成熟

読響第657回定期演奏会2026年4月28日(火)会場:サントリーホール
 指揮:アイボー・ボルトン
 天使(メゾ・ソプラノ):ベス・テイラー
 ゲロンティアス(テノール):トーマス・アトキンス
 司祭/苦悶の天使(バリトン):クリストファー・モルトマン
 合唱:新国立歌劇場合唱団(合唱指揮:富永恭平) 管弦楽:読売日本交響楽団

 

エルガー:オラトリオ《ゲロンティアスの夢》作品38

 

 

 

読響によるエルガー。
思えば、ジャック・デラコートによる交響曲第1番、尾高忠明による第1番、ジェフリー・テイトによる同曲など、課題を残しつつも徐々に「エルガー色」を獲得してきた読響である。
さらに尾高忠明による交響曲第3番の演奏において、ついにその「形」を完成させたと言ってよいかもしれない。

 

こうした歩みは、「点」ではなく「線」で見続けてこそ初めて見えてくる。

 

同じ目線で言えば、《ゲロンティアスの夢》の日本における演奏史という、もう一つの「線」もまた極めて意義深い。
大友直人と東響、ジョナサン・ノットと東響、尾高忠明と大フィル、そして今回のアイヴァー・ボルトンと読響。
演奏する側の成熟はもちろんだが、それ以上に、受け取る側――つまり聴衆の「成長」もまた、確かに感じられた。
この滅多に取り上げられない作品が、あたかも古典的名作の一つであるかのように受け止められ、まるで英国で享受されるような自然なマナーが会場を支配していた。ことに全曲終結後の、あの長い静寂。

 

私は長年、この作品は「儀式」であると主張してきたが、その本質を聴衆が本能的に理解してくれた――そう感じさせる演奏会だった。
序曲はゆったりとしたテンポで始まり、中間部に向かって徐々に推進力を増し、終結に向かって再びテンポを落としていく。
近年、多くの指揮者が採用するこのシンメトリックな構造は、まさに神学的な構築感を感じさせるものである。ボルトンもまた、その明確な設計のもとに全曲を統御していた。

 

ゲロンティアスを歌ったトーマス・アトキンスは、長大な役を歌い抜くためのスタミナ配分を見事にコントロールし、安定感を失わなかった。
ベス・テイラーの天使は、慈愛と包容力に満ち、十分な声量と深い温かさを備えていた。
クリストファー・モルトマンは、独特の即興性を感じさせるディナーミックの揺らぎを織り込みながら、司祭と苦悶の天使に圧倒的な存在感を与えていた。
そして新国立劇場合唱団は、美しい発声を維持しながら、悪魔と清霊という対極的な存在を鮮やかに描き分けた。まさに名演と言ってよい。

 

読響のエルガー受容の歴史、そして日本における《ゲロンティアスの夢》受容の歴史。その両方の「線」の上に、この夜は確かに刻まれるべき一つの到達点だった。

 

評価
 指揮者 Very Good 4
 オーケストラ Very Good 4
 ソリスト Very Good 4
 合唱団 Very Good 4
  16/20 (80%)

《ゲロンティアスの夢》受容の現在――2026年読響公演をめぐる聴衆の証言

今回の読売日本交響楽団による《ゲロンティアスの夢》上演に関して、インターネット上に寄せられた感想やレビューを追っていくと、ほとんど例外なく絶賛に近い反応が並んでいることに驚かされる。演奏の完成度、アイヴァー・ボルトンの統率力、ソリスト陣の充実、新国立劇場合唱団の圧倒的な存在感――そのいずれに対しても高い評価が与えられていた。とりわけ、この滅多に演奏されない大作に対して、聴衆が深い集中と敬意をもって向き合い、終演後の長い静寂を共有したことは象徴的である。そこには単なる「珍しい作品を聴いた」という満足感ではなく、作品そのものの精神性に触れたという実感があったように思われる。以下、その受容の熱量をぜひ知っていただきたくいくつかのレビューのハイライトを挙げてみたい。なお、プロのライターさんのみリンクを張っている。

 

 

音楽評論家林田直樹氏
《ゲロンティアスの夢》という実演機会の少ない大作を、アイヴァー・ボルトン指揮による優れた演奏で深く味わえたことへの高い満足が語られている。ボルトンは作品への深い理解と愛情を示し、読響からは透明感ある響きと重厚な迫力の両立を引き出した。新国立劇場合唱団との均衡も見事で、三人の独唱者もいずれも高水準。死にゆく一人の人間が天使に導かれ神を垣間見て煉獄へ向かうという物語は、単なる宗教音楽ではなく、人間存在の根源を問う作品として迫ってくる。悪魔の合唱の辛辣さや、神の顕現を不協和音で描く恐怖、そして静かに祈るような終結に、エルガーの信仰と芸術の葛藤が鮮烈に刻まれている。

 

音楽評論家萩谷由喜子氏のブログ
アイヴァー・ボルトン指揮による読響の《ゲロンティアスの夢》は、古典派作品で見せた端正な指揮とはまた異なり、濃厚なワーグナー的色彩と深い死生観を湛えた充実の演奏として高く評価されている。死を迎えるゲロンティアスの旅を描くこの大作において、トーマス・アトキンスは繊細かつ安定した歌唱で主人公を好演し、クリストファー・モルトマンは豊かな声量と深みあるバリトンで圧倒的な存在感を示した。第2部から登場するベス・テイラーも包容力ある声で天使役を印象づけた。エルガーがこの作品に託した生と死への深い思索が強く伝わり、聴き手に人間存在の根源を見つめさせる名演として深い感銘を残した。

 

 

音楽評論家飯尾洋一氏
2018年のノット=東響以来となる貴重な《ゲロンティアスの夢》上演を高く評価したレビュー。録音では晦渋に感じられる作品だが、実演では意外に親しみやすく、第1部・第2部の構成も自然に受け取れたという。冒頭にはワーグナー、とりわけ《パルジファル》的な雰囲気を感じ、第2部の一部には《レクイエム》的な響きも想起しつつ、全体として強い魅力を認めている。アトキンスは抑制的ながら美しい声質で、モルトマンは圧倒的な声量と威厳で際立った。ボルトンと読響は磨かれた響きで作品を充実させ、第2部では大きなクライマックスを形成。終演後の完璧な静寂から大喝采へ至る流れが、この公演の成功を物語っていた。

 

 

 

H氏のブログ 
《ゲロンティアスの夢》を初めて実演で聴き、その真価は録音ではなくライブでこそ伝わると実感した、という感動に満ちたレビューである。未知の作品との出会いそのものが大きな喜びとなり、既知の名曲のルーティン的な演奏会にはない「創造の現場」に立ち会えた幸福が強調されている。作品の宗教的背景、とりわけカトリックにおける煉獄の概念を知ることで内容への理解が深まり、死に向かう人間の恐れと希望を内面から描くこのオラトリオの独自性に強く感銘を受けている。第二部の神秘的な響きや天使と悪魔の対比、クライマックスの法悦的高揚も高く評価され、ソリスト、合唱、新国立劇場合唱団、そしてアイヴァー・ボルトン指揮の読響が一体となった名演として絶賛している。

 

 

 

G氏のアメブロ
アイヴァー・ボルトン指揮による《ゲロンティアスの夢》は堅実な演奏だったが、2018年のジョナサン・ノット指揮・東響公演ほどの深い感動には至らなかったという評価。ボルトンは中庸な解釈でまとめたものの、もう一段の繊細さや踏み込みが欲しかった。独唱では、トーマス・アトキンスの美声は魅力的ながら全体に声量不足が惜しく、対してクリストファー・モルトマンの力強く明晰な歌唱は圧倒的な存在感を示した。ベス・テイラーも低音のよく響く個性的な声で印象を残した。新国立劇場合唱団は天上的な場面で美しさを聴かせたが、やや精緻さに欠ける面もあり、全体としては好演ながら決定的な名演には届かなかったとする。

 

 

s氏のブログ
エルガーの《ゲロンティアスの夢》を読響定期で再び体験した感想。8年前のジョナサン・ノット指揮・東響以来の実演だったが、今回もこの稀少な大作に触れられる喜びは大きい。第1部は死の床にあるゲロンティアスを描き、モルトマンの力強い司祭役と新国立劇場合唱団が強い存在感を示した。真価は第2部で、死後の魂の旅を導く天使役ベス・テイラーが中心となり、次第に歌唱の純度を増していく。ボルトンの堅実な統率のもと、読響・合唱・独唱陣が高水準で結実し、終盤の天上的な旋律美と感動的なフィナーレは圧巻。まさに曲・指揮・歌手・合唱すべてが揃った名演として強い余韻を残した。

 

 

 

N氏のnote
ボルトン指揮・読響による《ゲロンティアスの夢》を「心に残る演奏会」と高く評価したレビュー。遅いテンポでも緊張感を失わず、和声の変化によって音楽を持続させるボルトンの構築的な指揮が作品に非常によく合っていたとする。読響は弦の内声や低弦の支えが充実し、金管も和声の頂点として機能。新国立劇場合唱団も発音、弱音、強奏すべてで高い完成度を示し、オーケストラと一体化していた。さらにオルガンが空間全体を支え、宗教作品としての深みを決定づけた。全てが融合し「音楽が成立した」と実感できる稀有な名演だったと結んでいる。

 

 

G氏のブログ
《ゲロンティアスの夢》は「滅茶楽しかった」と言い切れる充実した演奏会で、オーケストラ、独唱、合唱のすべてが高水準だったという好意的なレビュー。特にモルトマンは圧倒的で、司祭と苦悶の天使の両役を深みある声で見事に歌い、出番の少なさが惜しまれるほどの存在感を示した。ベス・テイラーもコントラルト寄りの包容力ある響きで第2部を牽引。アトキンスは前半こそ抑えた歌唱がやや物足りなかったが、後半は持ち直し終盤では力を発揮した。新国立劇場合唱団は多彩な役割を完璧にこなし、読響も終始美しい響きを保った。ボルトンは全体を堅実にまとめ、感動的な一夜となった。

 

 

t氏のブログ
《ゲロンティアスの夢》は、宗教曲に馴染みの薄い聴き手にとっても強い印象を残す演奏会だった。死と救済をめぐるこのオラトリオは、ゲロンティアスの死から魂の浄化までを描き、ダンテ的世界観を思わせつつも、より純粋に宗教的な内容を持つ。ボルトン指揮の読響は、静謐さと劇的な高揚を丁寧に統一し、作品全体を首尾一貫した音楽観でまとめ上げた。アトキンスは内省的で繊細な主人公像を好演し、モルトマンは圧倒的な声量と威厳で強烈な存在感を示した。ベス・テイラーも包容力ある天使像を描き、新国立劇場合唱団は後半に向かって圧巻の迫力を発揮。作品理解には難しさを感じつつも、稀少な大作を優れた実演で体験できた満足感が強く伝わる。

 

 

B氏のブログ
《ゲロンティアスの夢》を非常に高い完成度で実現した名演として絶賛するレビュー。ボルトンの指揮は明晰で停滞がなく、声楽・合唱・オーケストラを透明な響きで有機的に結びつけ、緻密で見通しの良い構築を実現した。アトキンスは長大なタイトルロールを巧みな配分で歌い抜き、信仰と恐れの葛藤を繊細かつ力強く表現。モルトマンは圧倒的な声量と威厳で前半の頂点を築き、ベス・テイラーは中性的な声質と包容力で第2部終結を崇高に導いた。新国立劇場合唱団は101名の大編成で祈りから悪魔の合唱まで圧巻の精度を示し、公演の中心的存在となった。終演後、涙を拭いながら喝采に応えたボルトンの姿が、この上演の特別さを象徴していた。

 

 

H氏のブログ
在京オーケストラの定期演奏会で、これほどの《ゲロンティアスの夢》が聴けるとは思わなかった――そんな驚きに満ちた絶賛の記録である。アイヴァー・ボルトンの指揮は、古楽やオペラで培われた劇的構築力をもって、エルガー最大の精神的作品を壮大なドラマとして立ち上げた。新国立劇場合唱団は緻密かつ圧倒的な存在感を示し、読響の濃密なサウンドと完全に融合。トーマス・アトキンスの繊細なゲロンティアス、クリストファー・モルトマンの圧倒的威厳、ベス・テイラーの包容力ある天使像も高く評価された。宗教的背景を超えて「死」と「魂」の普遍的なテーマが聴き手の現実と深く結びつき、単なる名演を超えた人生的体験として受け止められている。終演後の熱狂的な拍手と、涙をぬぐうボルトンの姿は、この一夜が演奏者にとっても特別な頂点であったことを物語っていた。

 

 

 

FBユーザー H氏
《ゲロンティアスの夢》初体験の聴き手による非常に好意的なレビュー。死を迎えるゲロンティアスと、魂となって天使に導かれ救済へ向かう第1部・第2部の構成を整理しつつ、全曲が切れ目なく進む大きな造形にマーラー8番にも通じる印象を見出している。特に終盤、神が一瞬姿を現す練習番号120付近を真のクライマックスと捉え、そこへ向かう緻密な設計に感銘を受けた。ベス・テイラーの天使役は圧巻で、モルトマンも堂々たる存在感を示し、アトキンスも終盤に向けて力を発揮。新国立劇場合唱団も見事だった。難曲を統率したボルトンの手腕を最大の功績とし、演奏者と聴衆がともに作品の本質に到達した幸福な一夜だったと総括している。

 

 

FBユーザー K氏
《ゲロンティアスの夢》を「自分の葬送に流してほしい」とまで評するほど深く愛する聴き手による熱い賛辞。演奏機会は少ないが、格調高く美しい作品であり、特に第2部、魂となったゲロンティアスが神の姿を垣間見る場面を最大の山場として挙げている。ボルトン指揮の読響は非常に繊細で透明感に満ちた演奏を聴かせ、その美しさを見事に引き出した。ベス・テイラーの天使役には涙し、モルトマンの圧倒的な声量と説得力にも強い感銘を受けている。長大で過酷なタイトルロールを担ったアトキンスも朗々と好演。さらに新国立劇場合唱団の明瞭で力強い合唱が公演全体を支え、この名演を決定づけたと高く評価している。

 

 

FBユーザー Y氏
ボルトン指揮・読響による《ゲロンティアスの夢》を、声楽陣の充実と全体の統一感を中心に高く評価したレビュー。英語圏の歌手を揃えた上演で、タイトルロールのアトキンスは繊細で内省的な歌唱を聴かせ、天使役ベス・テイラーは深みのあるメゾで包容力を示した。特にモルトマンは豊かな声量と神々しさを帯びた存在感で際立ち、作品の精神的な支柱となった。新国立劇場合唱団も美しいハーモニーと十分なパワーを兼ね備え、読響の柔らかく温かな響きも作品にふさわしかった。ボルトンはこうした要素を巧みにまとめ上げ、声楽作品としての完成度を高めた名演として受け止められている。

 

 

FBユーザー N氏
初めて接した《ゲロンティアスの夢》を、入念な予習とともに深く味わった感動的なレビュー。特にダンテ『神曲』やカトリックにおける「煉獄」の概念を理解したことで作品の本質に迫れたとし、涙とともに心が浄められるような体験だったと語る。アトキンスは一見繊細で弱々しくも、それが死にゆく人間と魂の役作りとして説得力を持ち、第2部終盤では強い意志を感じさせた。ベス・テイラーは安定した歌唱と頂点での高音が見事で、モルトマンは圧倒的な声量で理想的な司祭像を体現。ボルトンは神の出現を誇張せず“一瞬”として描き、新国立劇場合唱団の崇高なアーメンまで含めて、作品の宗教的深みを美しく成立させたと高く評価している。

 

 

FBユーザー O氏
エルガーといえば《威風堂々》や《愛の挨拶》などの管弦楽作品で知られるが、実は英国の「合唱王国」の伝統の中で、オラトリオ作曲にも大きな力を注いだ作曲家である。《ゲロンティアスの夢》はその代表作ながら、日本では演奏機会が少なく、実演に接する機会は貴重だ。ワーグナー《パルジファル》との類縁や、同時代のマーラーを思わせる壮大な書法を持ちながらも、過剰な情念ではなく抑制された気品と優しい情感に満ちているのが、まさにエルガーらしさである。とりわけ第2部の高まりは、劇的効果を超えて純粋に音楽そのものの崇高さを感じさせる。ボルトン指揮の読響、新国立劇場合唱団、ソリストたちはその魅力を丁寧かつ熱意をもって伝え、この作品の真価を十分に示した。聴後には、さらにエルガーのオラトリオの世界へ踏み込みたくなる、充実した名演であった。

 

 

FBユーザー T氏
《ゲロンティアスの夢》を自ら歌った経験を自分にとっても、今回のボルトン指揮・読響の演奏は「これを超えるものはない」と確信するほどの名演だった。冒頭の一音から作品全体の物語が凝縮され、重く低く優しい響きが最後まで一貫していた。新国立劇場合唱団の精緻な合唱、とりわけセミコーラスの透明な響きは圧巻で、祈りの空間を立体的に作り上げた。悪魔の合唱は従来の野卑な嘲笑ではなく、理知的で冷静な表現として描かれ、新たな解釈に驚かされた。神との遭遇場面の壮大なクライマックスから、煉獄へ向かう静かな終結まで、全てが緻密に計算され、徹頭徹尾「冷静沈着」でありながら深い精神性に貫かれた、忘れがたい上演だった。

日本エルガー協会新刊「エルガーの最後の審判-語られなかった真の作曲家像」はこちらから

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