エルガー受容史の暗黒時代
英国では国民的作曲家として絶大な名声を誇るエドワード・エルガーであるが、その受容史を振り返ると、実は一度だけ、彼の作品がほとんど顧みられなくなる時代が存在する。
1934年にエルガーが没すると、コンサート・プログラムや録音において彼の作品が取り上げられる機会は急激に減少した。評価、演奏機会、録音頻度のすべてが落ち込んだこの時期――とりわけ1940年代から50年代にかけての約20年間は、まさにエルガー受容史の暗黒時代と呼ぶにふさわしい。
彼の名声が本格的に復活するのは1960年代に入ってからである。その決定的な契機となったのが、ケン・ラッセル監督によるドキュメンタリー映画《エルガー》の大成功だった。この作品によって、エルガーは再び「現代に語りかける作曲家」として甦ることになる。
もちろん、暗黒時代といっても完全な断絶があったわけではない。この間、エルガーの音楽を細々と、しかし確実に伝え続けた存在がいた。ボールト、バルビローリ、サージェント――この三人である。
そこであえて、1940〜50年代に録音されたエルガー作品を振り返ってみようと思い、手元のCDを引っ張り出してきた。写真に写っているのは約20セットほど。すべてを網羅しているわけではないにせよ、この20年間で約20セット、つまり年に1セット程度という計算になる。やはり少ない。

その中身を見ると、サージェントによる《ゲロンティアスの夢》初の全曲録音、トスカニーニ指揮NBC交響楽団の《エニグマ変奏曲》、さらにはカザルス、ロストロポーヴィッチ、ナヴァラ、トゥルトゥリエらによるチェロ協奏曲、ハイフェッツによるヴァイオリン協奏曲など、注目すべき録音も少なくない。思っていたよりは、確かに「ある」。
しかし実情として、録音の中心を担っているのは圧倒的にボールトとバルビローリである。手元のセット数でも、ボールト5種、バルビローリ5種、サージェント3種。この三人がベスト3であることは疑いない。
レーベル別に見ると、テスタメントが5種、EMIが3種。特にEMI盤、サージェントによる2度目の《ゲロンティアス》全曲録音は、カップリングが《ベルシャザールの饗宴》という、何とも言えない超豪華仕様で、これは完全にジャケット買いした1枚である。
ちなみにArkadiaはイタリアの海賊盤レーベルだが、そこから出たバルビローリ指揮ローマでの《ゲロンティアス》のライヴ録音は、最近再発され、久しぶりに聴き直して思わずギクッとした。指揮者の近くにマイクがあったらしく、バルビローリの唸り声が異様なほど鮮明に入っているのだ。音質は悪いが、凄まじい臨場感である。
ボールトの録音は、とにかく推進力が凄い。《序奏とアレグロ》《南国にて》、1944年録音の交響曲第2番――いずれも生命力に満ちている。そこに加わるハイフェッツのヴァイオリンは、まさにカミソリの切れ味。ただし、好みで言えば私は大嫌いである。
1947年のバルビローリによる《エニグマ変奏曲》は、発売当時ポータブルCDに入れて電車で聴いていたのだが、フィナーレのあまりの素晴らしさに感動してしまい、降りる駅を乗り過ごしたという思い出がある。
この暗黒時代において、エルガーの音楽を信じ、演奏し、記録に残し続けたボールトとバルビローリ――この二人は、まさしくエルガーにとってのヨハネであり、パウロであった。
そう思いながら、これらの録音を、いま改めて感謝と愛をもって聴き直している。









