エルガーの音楽に介在する2面性
――国家的威信と田園的抒情の拮抗――
エドワード・エルガーといえば、英国の「第二の国家」とも呼ばれる《威風堂々》行進曲を作曲した作曲家として、保守的かつ愛国主義的な人物像が想起されやすい。加えて、王室行事や国家的典礼において彼の作品が頻繁に演奏されてきた歴史も、このイメージを強固なものにしている。しかし、彼の作品を丹念に辿るならば、そこには単純な愛国的作曲家像に還元しえない、深い内的葛藤と、それに起因する顕著な二面性が認められる。
この二面性は、エルガー自身の生涯とも密接に結びついている。1962年にBBCが制作したケン・ラッセルの映像作品『ある作曲家の肖像/エルガー』においても描かれているように、彼は社会的成功と芸術的誠実性との狭間で、激しい心理的葛藤を抱えていた。地方都市ウースターに生まれ、カトリック教徒として英国国教会中心社会に生きた彼にとって、音楽界における成功とは、しばしば自己の本質を犠牲にすることと同義であった。
作曲家として生計を立て、かつ社会的承認を得るためには、王室的威信や帝国的理念に奉仕する作品を書くことが不可避であった。エルガーはその現実を冷静に受け止めつつも、内心ではしばしば反発を覚え、王室や支配階級に対して辛辣な言葉を投げかけている。こうした内的矛盾が、彼の作品世界に独特の緊張感を与えているのである。
Ⅰ.「ロンドン的エルガー」――国家と都市の音楽
《威風堂々》行進曲群、《交響曲第1番》《第2番》、《戴冠式頌歌》、《英国精神(The Spirit of England)》といった一連の作品は、明確に国家的・都市的カテゴリーに属する。これらの作品には、堂々たる和声進行、重厚な管弦楽法、雄渾なリズム処理といった特徴が一貫して見られ、エルガー自身が好んで用いた指示語 "Nobilmente(高貴に)" が象徴するように、威厳と洗練とを兼ね備えた響きが支配的である。
これらの作風は、とりわけ1901年から1910年にかけて集中しており、これはエルガーが《エニグマ変奏曲》の成功以降、国際的評価を獲得し、事実上「帝国作曲家」として位置づけられた時期と正確に重なる。都市ロンドン、王室、帝国という三位一体の象徴体系が、彼の音楽的語法に深く刻印されたのである。
しかし同時に、エルガーは「マーチの作曲家」「国家的象徴」として固定化されていく自身のイメージに、強い嫌悪感を抱いていた。そのため彼は、生涯にわたってこのレッテルと闘い続けることになる。皮肉にも、彼の最大の成功が、同時に最大の精神的重荷となったのである。
この都市的・国家的作風は、後のウォルトン、コーツ、ブリス、ティペットらへと受け継がれ、20世紀英国音楽の一系譜を形成することになる。
Ⅱ.「ウースター的エルガー」――自然と内省の音楽
これと対極をなすのが、エルガーの田園的・内省的側面である。彼が生まれ育ったウースター地方、モールヴァン・ヒルの豊かな自然環境は、終生にわたり彼の創作の源泉であり続けた。
《弦楽セレナード》、《エニグマ変奏曲》、《序奏とアレグロ》、《ゲロンティアスの夢》、《愛の挨拶》などの作品群は、このカテゴリーに属し、都市的洗練よりも、素朴な旋律感、透明な和声、自然発生的な構成美を特徴とする。これらの作品において、エルガーは自己の内奥に潜む感情を、ほとんど無媒介に音楽へと転化している。
「音楽は私を取り巻く空気の中にある。だから私は野外で作曲する。家ではそれらを書きとめるだけだ」
「木々が私の曲を歌っている。それとも私が木々の歌を歌うのか」
これらの言葉に象徴されるように、彼にとって音楽とは自然そのものであり、精神と風景の共鳴であった。この作風は、生涯を通じて断続的に現れるが、とりわけ《エニグマ変奏曲》以前の初期(1889年以前)と、第一次世界大戦後にウェスト・サセックス州フィトルワース近郊の山荘「ブリンクウェルズ」に隠遁して以降の晩年(1917年以降)に顕著である。
この系譜は、ヴォーン・ウィリアムズ、ディーリアス、ハウェルズ、ウォーロックらによって継承され、英国田園楽派の中核を形成していく。
Ⅲ.二つの側面の衝突と融合
もっとも、エルガーの作品は、単純にこの二分法で整理できるわけではない。むしろ彼の真価は、この二つの側面が衝突し、拮抗し、時に奇跡的融合を果たす瞬間にこそ顕現する。
典型的な例が、《交響曲第1番》第4楽章における統合場面である。第4楽章主題(ウースター的要素)が弦のユニゾンで歌われると、そこへ冒頭のモットー主題(ロンドン的要素)が柔らかく重なり、やがて豊穣な響きの中で溶け合う。この楽譜番号130〜133(トムソン盤約7分36秒)において、都市と田園、威厳と素朴、国家と個人という対立軸が、音楽的必然性のもとで和解する。
また、当初は交響曲として構想されたという序曲《コケイン(ロンドンの下町)》は、この二項対立をユーモラスかつ鮮烈に描き出す点で、極めて象徴的である。大都会ロンドンを彷徨する田舎者エルガーの戸惑いと驚きは、ちょうどガーシュインの《パリのアメリカ人》における都市文化衝突の構図と類似する。言わばこれは、**エルガー版《パリのアメリカ人》――「ロンドンのウースター人」**なのである。
エルガーの音楽に内在する二面性とは、単なる作風の差異ではなく、彼自身の精神史そのものである。国家と個人、都市と自然、成功と孤独、威厳と脆弱性。これらの相克が、彼の音楽を単なる愛国的標語から、普遍的芸術へと昇華させている。
この二面性を理解することなしに、エルガーを真に聴き取ることはできない。そして、まさにこの緊張関係こそが、彼を19世紀末から20世紀初頭にかけての英国音楽史における最大の精神的存在たらしめているのである。
〔参考CD〕
*《交響曲第1番(Symphony No.1 in A flat major, op. 55)》トムソン指揮/LPO
筆者がデータを収集している中では、最も遅い演奏(57分)。大体、《1番》の演奏がいい指揮者の《2番》がダメだったり、またその逆だったりというパターンが多い中、両方とも素晴らしいのは、ボールトとトムソンだけだと思う。普通、このように遅い演奏だと間延びして緩慢になってしまうのだが、そうはならない。トムソンの資質がエルガーと同化しているからだろう。全曲通じて、前述した2つのキャラクターを、これほど瑞々しく描き切った演奏はない。録音場所となったオール・セイント教会の素晴らしい残響効果が、それをより一層引き立てている。トムソンは、筆者が最も高く評価している「エルガー指揮者」の1人で、早過ぎる物故が本当に惜しまれる。彼の録音によるエルガーの全集が聴いてみたかった。特に《ゲロンティアス》を録音することなく終わってしまったのは残念だ。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5ebfre
*序曲《コケイン(Cockaigne, op. 40)》(ロンドンの町にて(In London Town))マッケラス指揮/LSO
《コケイン》とは、「理想郷」といったような意味であり、また首都ロンドンそのものを指す。ロンドン子独特の言葉「コックニー」から来ているようだ。マッケラスの指揮は溌剌とした首都ロンドンの活況をうまく表している。「異邦人の目から見た都会ロンドン」としての表現として、アメリカ生まれのオーストラリア人マッケラスは正にピッタリなのだろう。ウースター人エルガーもオーストラリア人マッケラスも、全く非ロンドン人というわけではない、というのも同じ条件だ。このマッケラス盤は《交響曲第1番》とのカップリングなのでお得。この《1番》の方も充分推薦する価値が大ありだからだ。特に3楽章、4楽章が愛情と共感に溢れた演奏である。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/67xlyb



