ニムロドの声楽編曲4種類
エドワード・エルガー作曲《エニグマ変奏曲》作品36の中でも、第9変奏《ニムロド》は特別な位置を占める楽曲である。親友A.J.イェーガーへの献呈として書かれたこの変奏は、内省的で崇高な旋律美を湛え、英国では追悼儀礼や葬送の場で演奏される機会も多い。個人的な友情の記念として生まれた音楽が、やがて国民的な鎮魂の象徴へと昇華していった点に、この作品の持つ普遍性が端的に表れている。
この《ニムロド》に対し、20世紀末以降、複数の作曲家・編曲家によってラテン語典礼文が付され、合唱作品として新たな命が与えられてきた。現在、広く知られているものとして、以下の四つの編曲が存在する。
《ルクス・エテルナ》(ジョン・キャメロン編、1996年)
《サンクトゥス》(スティーヴン・ベイカー編)
《アニュス・デイ》(デヴィッド・ガーディニュエル&エリザベス・アンダーソン編)
《ピエイエズ》(イアン・ファリントン編)
いずれも《ニムロド》の旋律をほぼそのまま用いながら、典礼文の性格に応じた霊的意味づけがなされており、とりわけ教会堂という空間で演奏された際の神々しさは、原曲の管弦楽版とはまた異なる次元の感動をもたらす。
しかし、これらの合唱編曲は、見た目の静謐さとは裏腹に、実際に歌ってみると非常に高度な技術を要求される作品である。旋律線には大きな音程跳躍が頻出し、それが高音域で繰り返されるため、正確なピッチ感と安定した呼吸支えが不可欠となる。加えて、高音域におけるディナーミクスの細やかな制御も求められ、音量を保ったまま柔らかさと透明感を失わない発声は、決して容易ではない。
この困難さは、《ニムロド》が本来、声楽ではなく器楽的思考に基づいて書かれた旋律であることに起因していると考えられる。エルガー自身が、この旋律に後年ラテン語の典礼文が付され、合唱として歌われる未来を想定していたとは考えにくい。にもかかわらず、旋律が言葉を得た瞬間に、あたかも最初からそのために存在していたかのような必然性を帯びる点に、エルガーの旋律創造の驚異がある。
《ニムロド》は、器楽作品として完成度の極みにあるだけでなく、後世の編曲を通して宗教的・霊的次元へと拡張され続けている稀有な作品である。その受容史は、エルガー音楽が単なる「英国音楽」の枠を超え、人間の祈りや記憶と深く結びついて生き続けていることを雄弁に物語っている。


