希望の鐘を刻む秘曲――エルガー《Obbligato for Carillon》とカスプリツカの精緻なる演奏

《Obbligato for Carillon》は、1927年にカナダ自治領成立60周年祝賀のために作曲された、エルガー作品の中でも特に珍しいジャンルに属する“カリヨンのための音楽”である。この時は《希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)》のメロディに合わせて演奏され、オタワの平和の鐘によって実際に祝賀行事で演奏されたという記録が残る。

 

曲は短いながらもエルガーらしい誇り高い和声進行と大らかな旋律が巧みに処理され、金属的で透明な鐘の響きの中に、エルガー特有のナショナルな情感と儀礼的荘厳さが凝縮されている。旋律線は鐘の減衰音を前提に書かれているため、管弦楽作品とは異なる“間”の美学が宿る。形式としては、主題提示ののち、装飾的なオブリガートが加わる形で展開し、終結に向けて荘重な上行進行で締めくくられる。祝祭のための“儀礼小品”でありながら、エルガー後期の職人的様式が鮮やかに刻印された秘曲である。

 

 

 

アンナ・カスプリツカ(2014, Saint-Rumbold's Tower, Mechelen)による
――精緻と輝きが交錯する、鐘楼空間を支配するエルガー解釈**

 

 

カスプリツカの演奏は、カリヨンならではの音響の特性を最大限に活かした精緻なアプローチである。メヘレンの巨大な鐘楼に響く鐘の減衰音を計算し尽くし、旋律の間合いを見事に支配している点は特筆に値する。

 

過度に誇張せず、品位を保ちながらも明確なアーティキュレーションによって旋律の輪郭を立ち上がらせる。鐘の硬質な音色の中に柔らかな抒情を見出す彼女のセンスには、ヨーロッパ各地で研鑽を積んできたカリヨン奏者としての高度な技量が示されている。

 

また、鐘楼内に自然に生じる残響と重複和音を丁寧に調整し、作品の祝祭性を空間全体で表現する点は、単なる教材的な演奏を超えた音楽的完成度を感じさせる。響きの拡散と収束をコントロールする手腕によって、短曲ながら壮麗な儀礼の風景が立ち上がるのである。

 

総じて、カスプリツカの演奏は、エルガーの秘曲の価値を再認識させる優れた解釈であるといえる。

 

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