伝説のバルビローリのボストンライブ
エルガー:交響曲第2番 変ホ長調 作品63
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ボストン交響楽団
1964年9月7日 ライヴ録音/ボストン・シンフォニーホール
この録音は長らく音盤マニアの間で“幻の名演”として語り継がれてきた。かつてイタリアの海賊レーベルから短期間出回ったが、現在に至るまで正規の商業リリースが一切存在しない。しかし、その音楽的価値はあまりにも高く、バルビローリのエルガー演奏史における屈指の瞬間であることは疑いようがない。
バルビローリとボストン交響楽団という組み合わせは意外性を感じさせるかもしれないが、演奏はまさに“奇跡の邂逅”と呼ぶにふさわしい。しかも、同じ1964年にユージン・オーマンディが同じボストン響を指揮してエルガーの《エニグマ変奏曲》を演奏しており、両者のアプローチを比較することができる。オーマンディは洗練されながらもエルガーの精神的中核に迫れていないのに対し、バルビローリは魂の次元でエルガーと交感しているかのようだ。両者の格差は歴然である。
演奏内容
第1楽章 Allegro vivace e nobilmente
冒頭から、バルビローリ特有の“呼吸感”が満ちている。フレーズの終わりでの丁寧なディミヌエンド、弦楽器のうねるような歌心は、彼がこの作品をどれだけ内面化していたかを雄弁に語る。ボストン響の引き締まったアンサンブルは、この詩的な解釈に見事に応じ、英国外のオーケストラによるとは思えない英国音楽の香気を生み出している。
第2楽章 Larghetto
ここではバルビローリの真骨頂とも言える抒情性が全開になる。各フレーズが微細なニュアンスに満ちており、**ひとつの楽章としての“祈り”**が構築されているような印象すら与える。テンポは決して遅くないが、音楽の流れは粘性と透明感を両立している。
第3楽章 Rondo
この楽章でもバルビローリは決して表面的な軽快さに走らず、どこか内省的なトーンすら感じさせる。リズム処理は精緻で、ブラスのアタックも柔らかく制御されており、まさに“制御された情熱”の表出だ。
第4楽章 Moderato e maestoso
終楽章は、演奏全体を総括するかのような敬虔な壮麗さに包まれる。特に中間部からクライマックスへの盛り上げにおける構成感、ブラスの遠近感のつけ方、ティンパニの打点ひとつに至るまで、バルビローリのエルガーへの愛情と職人技が融合している。終結部では、音が消え入るその瞬間に至るまでの「余韻」が、他のどの演奏とも異なる“深さ”をもって響く。
評価と位置づけ
音質:★★★☆☆(ライヴとしては十分許容範囲)
演奏解釈:★★★★★(バルビローリの代表的名演)
オーケストラ:★★★★☆(ボストン響の柔軟な対応力が光る)
比較価値:★★★★★(オーマンディとの対比で光る)
この演奏は、単なる“珍盤”ではなく、バルビローリの芸術家としての矜持と、エルガーの精神性への深い共鳴が結実した記録である。正規リリースされていないのが不思議なくらいで、英国音楽ファンのみならず、20世紀の指揮芸術を愛するすべてのリスナーにとって、ぜひ聴かれるべき至宝と言える。
もし将来、バルビローリ財団やBBC、BSOのアーカイヴから正規音源として蘇るならば、エルガーのディスコグラフィにおける重大な空白がひとつ埋まることになるだろう。それほどまでに、この演奏は**“魂のこもったエルガー”**の金字塔である。