交響曲第2番に隠された6人の人物

エドワード・エルガーの《交響曲第2番》は、しばしば「難解」「散漫」「感情の輪郭が曖昧」と評されてきた。
しかしその評価は、この作品が意図的に私的で、意図的に多層的であるという事実を見落としている。
《エニグマ変奏曲》が〈Friends pictured within〉という副題のもと、友人たちの肖像を公然と提示した作品であったとすれば、
《交響曲第2番》はその方法を内面化し、名を伏せたまま人物たちを音楽の内部に沈めた作品である。
この交響曲の背後には、
少なくとも六人の人物の影が重なり合っている。
彼らは「モデル」として描かれたのではない。
むしろ、作曲の動機、感情の方向性、形式選択そのものに影響を及ぼした存在として、作品に溶け込んでいる。
1.チャールズ・ジョージ・ゴードン将軍 Major-General Charles GeorgeGordon(1833ー1885)

そもそもエルガーが交響曲そのものを作曲しようと考えた一つのきっかけは、1885年の太平天国の乱の時スーダンのハルツームでの壮絶な戦死を遂げたゴードン将軍の英雄伝を聞いてからである。
彼の業績を称える意味から交響曲を書き上げようと考えたようだ。
結局、作品が完成した頃にはゴードン将軍に対するリスペクトの気持ちは薄れてしまったらしいのだが・・・。
このあたりのエピソードは、ベートーヴェンがナポレオンの偉業を称えようとして交響曲第3番エロイカを作曲したというところに似ている。
ナポレオンが皇帝に即位するやベートーヴェンは怒ってナポレオンへの作品の献呈を止めてしまったというところも、エルガーが作品を書き上げた頃にはリスペクトの念が薄れてしまったということにも似ているのだ。
いずれにせよゴードン将軍の存在がエルガーに作曲の筆を持たせるきっかけになったことは間違いない。
英雄への憧憬が、やがて距離と幻滅へと変わりながらも、作品の根源的衝動としては消え去らなかった――
ゴードン将軍は、《交響曲第2番》における出発点としての亡霊なのである。
2.エドワード7世 Edward VII (Albert Edward 1841ー1910)

《交響曲第2番》は、エルガーの庇護者であった国王エドワード7世に献呈されている。
だが作品完成直前に国王が崩御したことで、この献呈は結果的に追悼の意味を帯びてしまった。
問題は、音楽そのものが王の死を直接描いていないことである。
エルガーはここで、公的役割と私的感情のあいだに、決定的な距離を作り出している。
このズレこそが、《交響曲第2番》全体に漂う不安定さ、宙吊り感の一因である。
3.パーシー・ビッシュ・シェリー Percy Bysshe Shelley(1792ー1822)

全曲を貫く最重要主題は、
シェリーの詩「Song」から引かれた
「Rarely, rarely, comest thou, Spirit of Delight!」
――「めったに来ない、喜びの精霊よ」である。
ここで決定的なのは、
**喜びそのものではなく、「喜びが来ないこと」**が主題になっている点だ。
この詩句を選んだ瞬間、《交響曲第2番》は祝祭でも勝利でもなく、欠如としての喜びを中心に据えた作品となった。
シェリーは、エルガーの感情世界に言語を与えた存在である。
4.アルフレッド・ロードウォルド Alfred E Rodewald(1862ー1911)

表向きの献呈は国王エドワード7世であるが、国王が崩御したことによって追悼の作品となってしまった。
特にこの曲の第2楽章は葬送行進曲のリズムを持つ(それゆえベートーヴェンのエロイカとの相似性を指摘される所以でもあるが)。
そのことから、この葬送行進曲は国王の追悼を表すものと思われてしまった。
エルガーがこの曲を作曲している時、国王はまだ在命だったのに・・・・。
だが、実際にはエルガーが追悼の意を表している相手は、1911年に亡くなった親友のアルフレッド・ロードウォルドだというのが真相だとするのが今日の解釈である。
ロードウォルドはリヴァプール・オーケストラ協会の指揮者で威風堂々第1番と第2番をエルガーから献呈され、さらに彼の指揮で初演が行われている。
親友ロードウォルドの死にエルガーは深く悲しんだ。
5.ハンス・リヒター Hans Richter(1843-1916)

ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、ブルックナーらドイツ音楽の権威である大指揮者ハンス・リヒターもエルガーのよき親友であった。
リヒターはゲロンティアスの夢や交響曲第1番などの初演を手がけている。
エルガーはリヒターへの感謝の意味を込めて第4楽章の途中にハンス・リヒターを表すテーマを置いた。
エルガーの自筆譜には作曲者の手書きで「Hans himself」と書き込まれている。
エルガーはこの曲の初演はリヒターに指揮してもらうことを希望していたようだった。
リヒターの都合がつかなかったのか結局エルガー自身の指揮により初演が行われた。

6."ウィンドフラワー"アリス・ストュワート・ワートリー "windflower" Alice Stuart Wortley(1862ー1936)

表向きの献呈相手が国王エドワード7世だとすると、裏の(真の)献呈相手がウィンドフラワーことアリス・ストュワート・ワートリーである。
アリスは、あのラファエル前派のジョン・エヴァレット・ミレイの娘であり、ジョン・ラスキンの夫人ユーフィミアの娘である(つまり、ミレイが略奪婚した)。
1910年のヴァイオリン協奏曲と1911年の交響曲第2番の2つの作品は、特別にウィンドフラワーの影響が大きいといわれる。
エルガーは彼女に向かってヴァイオリン協奏曲を「あなたの協奏曲」、交響曲第2番を「あなたの交響曲」と言っているほど。
第2楽章の狂おしいほどのカンタービレは、エルガーが何かに対して切なくて咽び泣いているかのような印象である。
彼女こそが、この作品に隠された真の主役に違いないと考えられるのである。
《交響曲第2番》は、一人の人物を描いた作品ではない。
また、誰かを暗号的に当てはめるゲームでもない。
それは、
複数の人物との関係が、互いに打ち消し合いながら一つの音楽を形作った作品である。
ゆえにこの交響曲は、不安定で、統一を拒み、聴き手を戸惑わせる。
だがその不安定さこそが、エルガーがもっとも正直であった瞬間なのかもしれない。



