愛の音楽家エドワード・エルガー

エルガー交響曲第1番日本初演

1980年6月30日 日本フィルハーモニー交響楽団がジェームズ・ロッホランを招いてエルガーの交響曲第1番の日本初演を行った。
エルガーの交響曲第1番は1908年にハンス・リヒターの指揮により世界初演が行われている。この初演は大成功で、これを受けてその後、1年間に約100回程度演奏されたという。
このカウントに関して文献によって80数回と書かれたものもあれば100回以上と書かれたものもあるが、これは多分、同じオケによって行われた演目を数日に分けたものを一回とカウントするのか、それとも個別にカウントするかの違いだと思う。なので80何回というのも100回以上というのも矛盾しないと思う。

 

本題から外れたが、この1908-1909年にかけて英国だけでなくヨーロッパの他国やアメリカでも初演が行われているわけだ。
しかし、日本は入っていない。
遅れること約70年後の1980年にやっと日本初演。英国の中堅指揮者であるが、本格的な英国サウンドを紡ぎ出す、非常に味のある指揮者ロッホランによる「本物」のエルガーが披露されたわけだ。
今から40年前の日フィル、というかプロオケのレベルは今日と比べると雲泥の差があるのは仕方がないだろう。
あまりの録音の劣悪さと、細かな吹き損じ弾き損じは目をつぶりつつつ、当時にタイムスリップした感覚で歴史的瞬間に聴き惚れる。ロッホランらしく、あまり冒険することもなくそれでいて温かく丁寧にオケを導いている。
2002年に交響曲第2番を同オケで指揮したのと同じような感じだった。優しく温かくオケどころか会場全体を包み込むような一体感である。

 

2024年6月に亡くられたロッホラン氏の追悼をこめて。

 

ちなみに交響曲第2番の日本初演は1985年、山口貴による演奏であった。こちらも世界初演から遅れること約70年。

 

しかし、意外なのであるが、行進曲「威風堂々」第1番の初演は1901年であるが、日本初演は翌年の1902年だった可能性があるようだ。なぜなら1902年に締結された日英同盟により日英両国の蜜月により、英国の軍楽隊のレパートリーがいち早く日本の居留地で演奏されていたらしい歴史があるからである。

 

 

エルガー交響曲第1番日本初演

 

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