愛の音楽家エドワード・エルガー

Nobilmente Elgar

「Nobilmente」という発明 —— エルガー様式の誕生

 

Nobilmente(ノビルメンテ)——「高貴に」「気高く」といった意味をもつこの音楽用語は、今日ではエルガーの代名詞として語られるほど、彼の音楽美学と不可分の存在となっている。
 だが興味深いことに、エルガーがこの語を好んで楽譜に書き込むようになるのは、彼の作曲活動の中盤以降、すなわち1901年以降のことである。

 

 調査の結果、エルガーが初めて Nobilmente と明記したのは、1901年後半に完成した序曲《コケイン(ロンドンにて)》作品40である。序盤から中盤にかけて現れる堂々たる主題は、まさしくこの語が象徴する精神性——気高さ、誇り、節度ある昂揚——を体現している。

 

 その後、交響曲第1番(1908)、交響曲第2番(1911)においても、Nobilmente は繰り返し用いられ、エルガー音楽の核心を成す概念として定着してゆく。

 

 ところが、ここで一つの大きな謎が立ち現れる。

 

なぜ《威風堂々》第1番にはNobilmenteが書かれていないのか

 

 1901年前半に作曲された行進曲《威風堂々》第1番。その中間部、すなわち世界的に有名な「希望と栄光の国」の旋律ほど、ノビルメンテという言葉にふさわしい音楽が他にあるだろうか。

 

 しかし、驚くべきことに、この箇所に記されている指示は molto maestoso(きわめて荘重に) であり、Nobilmente ではない。

 

 これは単なる偶然なのか、それとも意図的な選択なのか。

 

 もし後者であるならば、なぜエルガーは、自らの代名詞となるこの言葉を、最も象徴的な旋律に付さなかったのか。

 

「言葉の発見」という転換点

 

 ここからは推測の域を出ないが、極めて説得力のある仮説が浮かび上がる。

 

 エルガーは、1901年前半の時点では、まだ「Nobilmente」という「言葉」に到達していなかったのではないか。

 

 1894年の《オルガン・ソナタ》にも、この語は現れない。
 《威風堂々》第1・第2番(1901–1902)にも、Nobilmente は記されていない。
 しかし《コケイン》以降、突如としてこの語は頻出し、交響曲・協奏曲・室内楽作品に至るまで、エルガー語法の中核を占めるようになる。

 

 つまり、《威風堂々》第1番と《コケイン》のわずか数か月の間に、エルガーの美意識の中で決定的な概念想起が起きたと考えられるのである。

 

 それは単なる言葉の思いつきではない。
 むしろ、自己の音楽的アイデンティティの自覚と言うべき精神的転換点であった可能性が高い。

 

Nobilmenteとは何か —— 道徳と感情の統合概念

 

 Nobilmente とは、単に「高貴に」「堂々と」という演奏指示ではない。

 

 そこには、

 

  騎士道的倫理観

 

  英国的節度

 

  感情の抑制

 

  内面の誇り

 

  勝利よりも品格を重んじる精神

 

といった、ヴィクトリア朝的理想主義とエドワード朝的憂愁の融合が込められている。

 

 エルガーは、自らが属する英国社会の精神的理想を、この一語に凝縮したのではないだろうか。

 

 それ以前の maestoso や nobile では表現しきれない、道徳性と感情の微妙な均衡。それを言語化した瞬間が、1901年後半だったのではないか。

 

 

後期《威風堂々》におけるNobilmenteの登場

 

 この仮説を裏付けるかのように、1914年作曲の《威風堂々》第4番以降には、Nobilmente の指示が現れる。

 

 つまり、一度この言葉を獲得したエルガーは、以後それを自己様式の核として定着させたのである。

 

 これは偶然ではない。
 言葉を得たことによって、エルガーは自らの音楽語法を客観化し、意識化し、確立させたのである。

 

Nobilmenteの誕生は「作曲家エルガー」の誕生である

 

 もしこの推論が正しければ、《コケイン》は単なる都市讃歌ではない。
 それは、作曲家エルガーが、自らの精神的立脚点を発見した記念碑的作品ということになる。

 

 《威風堂々》第1番が国民的象徴となったのに対し、《コケイン》以降の作品群は、精神的エルガーの完成を示している。

 

 Nobilmente ——
 それは単なる表情記号ではなく、エルガーという作曲家の魂に付された名前なのである。
Nobilmente ElgarNobilmente Elgar

 

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