あとがき
筆者が『エドワード・エルガー/希望と栄光の国』(武田書店)を上梓したのは2001年のことであった。あれから二十年以上が経過した今日、日本におけるエルガー受容の状況を振り返ると、その変化の大きさに、今さらながら隔世の感を覚えずにはいられない。
当時、日本の演奏会においてエルガー作品が取り上げられる機会は、年に数回あれば多い方であった。単独作曲家としてプログラムが組まれることはほぼ皆無であり、交響曲やオラトリオといった大作に至っては、数年に一度演奏されれば幸運、という程度の扱いであった。エルガーは確かに知られてはいたが、「レパートリーの中心」に位置づけられる作曲家では決してなかったのである。
著書の刊行と同時に、筆者は『レコード芸術』誌において「海外盤試聴記」を担当し、エルガーの新譜を毎月のように紹介し続けた。また、ウェブサイト「エドワード・エルガー/希望と栄光の国」を立ち上げ、演奏会情報、録音情報、研究動向などを継続的に発信してきた。そのほかにも、オーケストラのプログラムノート執筆、テレビ番組への資料提供、雑誌取材への協力など、いわばエルガーの“広報活動”に近い仕事を、結果として長年続けることとなった。
2005年には日本エルガー協会を設立し、またエルガー生誕150周年に際しては、EMIミュージックからリリースされた自作自演CDボックス(15枚組)のライナーノーツ執筆という、研究者冥利に尽きる機会も与えられた。これら一連の活動の成果かどうかは、最終的な判断を歴史に委ねるほかないが、少なくとも今日、エルガー作品が日本の演奏会で取り上げられる頻度は、2001年当時とは比べものにならないほど増加している。
さらに、CMやテレビ番組、映像作品のBGMなどを通じて、エルガーの旋律が日常空間に浸透したことも見逃せない。とりわけ2005年の著作権消滅を契機として、《威風堂々》第1番中間部が爆発的に使用されるようになった影響は大きい。作曲者名を知らずとも、その旋律を耳にしたことのない人は、もはや存在しないと言ってよいだろう。
もう一つの重要な要因は、エルガー再評価の時期がCD全盛期と重なったことである。交響曲第3番の補完完成を皮切りに、未出版作品、新発見資料、トランスクリプションなどが次々と音盤化された。EMIやドイツ・グラモフォンといったメジャー・レーベルに加え、シャンドス、ダットン・ラボラトリーズ、ニンバスといった専門レーベルの貢献は、特筆に値する。当時、『レコード芸術』の原稿執筆において、エルガーの新譜が材料不足になることは一度もなかった。それほどまでに、エルガーは“掘り起こされるべき作曲家”として、時代の追い風を受けていたのである。
そして三つ目の要因として——これは手前味噌ながら——筆者を含む日本のエルガリアンたちによる、ある種執念めいた啓蒙活動も、わずかながら影響を与えたのではないかと考えている。毎月のようにエルガーの新譜情報を発信し続けるという状況は、同程度の知名度を持つ作曲家、たとえばシベリウスやプロコフィエフ、ディーリアスにおいてすら稀であった。その意味で、今日の状況を目にすると、率直に言って「してやったり」という感慨がないわけではない。
2001年頃、「エルガーが好きだ」と言うと、「マニアックですね」と返されることが少なくなかった。今では、そうした反応に出会うことはほとんどない。ベートーヴェンやモーツァルトと並ぶ存在とまではいかずとも、リヒャルト・シュトラウス、シベリウス、プロコフィエフと同列に語られる作曲家として——それが、筆者が目標とした日本におけるエルガーの立ち位置であった。目標に完全に到達したとは言えないにせよ、かなり近づいたという実感はある。
本サイトは、これまで著書、ウェブサイト、『レコード芸術』誌、その他さまざまな媒体を通じて発信してきたエルガー関連情報の集大成である。日々更新される最新情報も盛り込み、なかには世界初公開となる資料や音源に関する記述も含まれている。少なくとも現時点の日本において、エルガーに関する包括的資料として、本書に匹敵するものは他にないと自負している。
処女作『希望と栄光の国』のテーマは、いわば「エルガーという風土」を描くことにあった。作曲家の人格と音楽が、生まれ育った土地の景観といかに深く結びついているかを伝えたかったのである。
それに対し、本サイトのテーマを一言で表すならば、「愛」である。エルガーがミューズたちから受け取った愛、作品に注ぎ込んだ愛、そして筆者自身のエルガーへの愛——それらが重なり合う地点を、本書を通して読者に感じ取っていただけたなら、これに勝る喜びはない。




