エルガーの編曲

エルガーの編曲

エルガーの作品は、しばしばその巧緻を極めたオーケストレーション技法によって特徴づけられる。それは生得的な才能というよりも、少年期から晩年に至るまで、膨大な数の編曲作業を通じて体得された実践知の集積であったと見るべきだろう。
エルガーは原曲の構造を解体し、再構築する過程そのものを作曲行為の一部と捉えていた節があり、編曲は彼にとって決して副次的な仕事ではなかった。

 

彼が手がけた編曲の中には、バッハの《幻想曲とフーガ》、ヘンデルの序曲《ニ短調》、さらにはパリーの《エルサレム》のように出版され、現在も広く親しまれているものがある。一方で、同じ水準の関心と技術を注ぎ込まれながら、今日ほとんど知られることのない編曲作品も数多く存在する。
以下に挙げるのは、そうしたエルガーの編曲活動の主要な例であるが、その多くが未録音、あるいは極めて入手困難な状態に置かれている点は注目に値する。

 

 *ワーグナー《さまよえるオランダ人》序曲(1876)
 *ベートーヴェン《ヴァイオリン・ソナタ》→木管曲(1878)
 *コレッリ《クリスマス協奏曲》→木管曲(1878)
 *ヘンデル《アリオダンテ》序曲(1878)
 *モーツァルト《交響曲第40番》(1878)
 *モーツァルト《ヴァイオリン・ソナタ》→《グローリア》(1880)
 *ベートーヴェン《交響曲第5、7、9番》→《クレド》(1880)
 *シューマン《スケルツォ》(1880)
 *ワーグナー《タンホイザー》歌手たちの入場→ピアノ・ソロ(1883)
 *ワーグナー《パルシファル》聖金曜日の音楽(1894)
 *ブリューワー《エマウ》(1901)「Elgar Complete Edition」第34巻
 *英国国歌《ゴッド・セイヴ・ザ・キング》(1902) エルガーの自作自演による録音あり)。「Elgar Complete Edition」第34巻
 *バッハ《マタイ受難曲》から2つのコラール→ブラス・バンド(1911)
 *バッハ《幻想曲とフーガ》(1921~22) 録音多数あり。スラットキン盤など。
 *パリー《エルサレム》(1922) 録音多数あり。
 *ヘンデル《序曲ニ短調》(1923) 録音多数あり。スラットキン盤など。
 *パーセル《Johova quam multi sunt hostes mei》(1929)
 *ショパン《葬送行進曲》(1933) ショパンのピアノ・ソナタを交響曲として編曲しようという話もあった。ボールトによる録音あり(http://tinyurl.com/6lf56p)。

 

 

幻の宗教的カンタータ《エマウス(Emmaus)》

 

幻の宗教的カンタータ《エマウス(Emmaus)》は、エルガーの創作活動の周縁に位置しながら、その芸術観を考察する上で見逃すことのできない作品である。本作は1901年、グロースター大聖堂のオルガニストであり、エルガーの友人でもあったハーバート・ブリューワーが作曲した宗教カンタータに、依頼を受けたエルガーがオーケストレーションを施したものである。題材は新約聖書『ルカ伝』第24章に登場するエマウス途上の物語であり、内容的にも規模的にも、《生命の光》や《オラフ王》に比肩する壮大な宗教作品に仕上がっていたと伝えられている。

 

初演は同年のスリー・クワイヤーズ・フェスティヴァルで行われたが、その後、この作品は不可解な運命をたどる。テキストをめぐる利権問題、楽譜の紛失といった複数のトラブルが重なり、《エマウス》は長らく「存在は知られているが実体の確認できない作品」として、事実上音楽史の闇に埋もれることになった。

 

しかし1990年代に入り、エルガー研究の進展がこの状況を一変させる。アンソニー・ボーデンがグロースター市図書館において総譜を発見したことを契機に、1993年8月28日、グロースターで開催されたスリー・クワイヤーズ・フェスティヴァルにおいて、実に90年以上の時を経て再演が実現した。演奏はジョン・サンダース指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団、独唱にはアリソン・ハーガン(ソプラノ)、ジョン・ミッチントン(テノール)らが名を連ねている。

 

《エマウス》は、エルガーが他の作曲家の作品に全面的なオーケストレーションを施した数少ない例の一つであり、彼の編曲技術と宗教音楽への関心が高度に結晶した作品である。同時にこの作品は、エルガーが「自作か否か」という枠を超え、音楽そのものの完成度に対してどれほど誠実であったかを示す証左ともいえるだろう。また、ブリューワーとの友情、さらには当時の英国音楽界における協力関係の実態を垣間見ることのできる点でも、歴史的意義は小さくない。

 

現在、《エマウス》のスコアは《Elgar Complete Edition》第34巻に収録されている。この巻には、バッハ、ヘンデル、ショパンなど、エルガーが編曲を施した諸作品とともに本作が含まれており、編者はフィリップ・ランカスター、2024年に刊行された。長らく「幻」とされてきたこの作品が、ようやく学術的にも実体を与えられたことは、エルガー研究史における一つの到達点といってよい。

エルガーの編曲記事一覧

エドワード・エルガーが20代前半に手がけた《クレド》作品3は、しばしば「若書き」「習作」として扱われがちである。しかし本作を注意深く聴くと、後年のエルガーを形作る要素――信仰心、編曲技法、そしてベートーヴェンへの深い精神的共感――がすでに明確に姿を現していることが分かる。この作品は、ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章、第9番第3楽章、第5番第1楽章という、性格も精神性も異なる素材を用い、それらに...

日本エルガー協会新刊「エルガーの最後の審判-語られなかった真の作曲家像」はこちらから

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