尾高忠明、エルガーを完全に血肉化した《エニグマ変奏曲》
東京都交響楽団 第1049回定期演奏会Aシリーズ
日時:2026年8月8日(土)
場所:東京芸術劇場コンサートホール
指揮/尾高忠明
ピアノ/北村朋幹
三善 晃:オーケストラのための《ノエシス》(1978)
松村禎三:ピアノ協奏曲第2番(1978)
エルガー:エニグマ変奏曲op.36

2026年5月に読売日本交響楽団でも《エニグマ変奏曲》を演奏した尾高忠明が、今回は東京都交響楽団を率いて同曲を披露した。今回も実に安定した演奏であり、有無を言わせぬほど引き締まった、素晴らしい《エニグマ》であった。
もはやこの作品が完全に血肉となっているかのような尾高の解釈には、安心して身を任せることができる。テンポは速すぎず遅すぎず、極めて快適であり、しかも単調になることがない。各変奏では、エルガーが描いた友人たちのパーソナリティが的確に浮かび上がり、まるで一人ひとりの顔が目の前に現れてくるようである。
ウィリアム・ミューズ・ベイカーの粗暴でせっかちな気質、ドーラ・ペニーの恥ずかしそうな口ぶり、イザベラ・フィットンが与えられた課題を懸命にこなそうとする姿。そして何といっても《ニムロッド》である。イェーガーとの静かな語らいが、そのまま音楽になったかのようで、二人の心温まる交流が目に浮かぶような演奏であった。
そして終曲《E.D.U.》では、自画像としてのエルガーが堂々と姿を現す。自信に満ちたエネルギッシュな佇まいであり、そこからこれほどの熱量を引き出してみせた尾高の手腕には、改めて感服させられる。
とりわけ印象的だったのは、東京都交響楽団の燃焼度である。かつて別の指揮者のもとで、同じオーケストラとは思えないほど無気力な《エニグマ》を聴いたことがある。それだけに、今回の演奏から迸る熱気には驚かされた。指揮者の解釈がオーケストラをここまで変えるのかと思わせるほどである。
終演後、尾高氏に面会する機会があり、BBCミュージック・マガジンの付録として付いていたBBCウェールズ・ナショナル管弦楽団との《エニグマ変奏曲》のCDを見せたところ、やはりその存在をご存じなかったようで、「こんなのあるんですか?」と驚かれていた。
その話のついでに、読売日本交響楽団との《エニグマ変奏曲》のCDリリースについても話があるとのこと。これは楽しみとしか言いようがない。尾高忠明によるエルガー演奏が、こうして記録として残されていくことを心から期待したい。




