再出発・・・合唱音楽の里

幸福の記憶が響く――エルガー《バイエルン高地から》、故郷ドイツへの音楽的オマージュ

エルガー初期の合唱作品《バイエルン高地から(From the Bavarian Highlands)》は、代表作ほど頻繁に語られることはないものの、エルガー愛好家にとっては特別な愛着を抱かせる作品である。

 

その理由は、この曲がエルガー一家の幸福な思い出そのものだからだ。1890年代、エルガー夫妻はドイツ・バイエルン地方をたびたび訪れ、その美しい自然や人々の生活に深い感銘を受けた。各曲の副題は実際に夫妻が訪れた土地に由来し、歌詞は妻アリス・エルガーが旅行中の印象をもとに書き上げている。つまり、この作品はエドワードとアリスが共同で生み出した「家族の音楽」と言ってよい。

 

だからこそ、この作品には後年の交響曲やオラトリオに見られる苦悩や葛藤よりも、若き日の幸福感と人生への希望が満ちあふれている。すでに《愛の挨拶》にも通じる親しみやすい旋律美や、後の《威風堂々》へとつながるエルガーらしい気品も随所に顔をのぞかせ、初期作品ながら作曲家の個性が鮮やかに刻まれている。

 

2025年10月、ミュンヘン・レジデンツのヘルクレスザールで行われたこの演奏は、まさに作品の原風景ともいえるバイエルンの地で披露された点に大きな意味がある。ドイツ語圏の演奏だからといって重厚さが前面に出るわけではなく、全体のテンポはやや遅めながら、音楽は終始軽やかで生命感に満ちている。各曲の舞曲的なリズムも自然に息づき、幸福な旅の思い出が素朴な温かさとともに伝わってくる。

 

特に終曲《The Marksmen(射手たち)》では、合唱と器楽が一体となって祝祭的な雰囲気を築き上げ、作品全体を明るく締めくくる。技巧を誇示する演奏ではなく、作品が本来持つ親密さと素朴な喜びを大切にした好演である。

 

《バイエルン高地から》は、英国では現在でも演奏機会の多い人気作であり、ドイツを題材にした作品であることから、この映像のようにドイツ国内、とりわけバイエルン地方で演奏されることも少なくない。それは、この作品が単なる英国音楽ではなく、英国とドイツを結ぶ文化的な架け橋として受け継がれていることを物語っている。

 

一方、日本ではこの作品の知名度は驚くほど低い。しかし決して埋もれた秘曲ではなく、エルガーの人間性が最も自然な形で表れた魅力あふれる作品である。若き日の幸福な記憶、夫婦の深い絆、そしてバイエルンへの愛情が凝縮されたこの音楽は、日本でももっと親しまれてよいはずだ。

 

この映像は、その魅力をあらためて教えてくれる貴重な記録であり、《バイエルン高地から》が日本の演奏会でもごく普通に取り上げられる日が訪れることを期待せずにはいられない。

 

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