エルガーのロンド
1993年10月ストラットフォード・アポン・エイヴォンのスワン劇場にて、王立シェイクスピア劇団によって「エルガーのロンド」(デヴィッド・ポウナル脚本、アレク・マッコーエン主演)という奇妙な演劇が上演され、翌年にはロンドンのウェストエンド劇場でも上演されている。これは交響曲第2番の第3楽章に秘められたエルガーの心の暗い葛藤と不安を描いた抽象劇。彼の作風には1910年のヴァイオリン協奏曲と1911年の第2交響曲の間に不思議な変化が見られる。前者以前の作風はひたすら明るく、希望を感じさせる曲想(特に終わり方)が多かったのが、後者を境に未来に対する露骨な不安感や現状に対する否定感、或いは逃避的傾向のようなものが前面に表れてきているように思う。1910年という年に彼の中で何らかの心理的変調を強いられるような出来事があったのではないかと想像される。1910年といえば、彼にとっては作曲家として最も成功していた時代である。長い間待ち望んでいたはずの地位と名声がやっと手に入ったはずなのに彼は妻に自殺を仄めかすような話をしている。実際、彼の作品には不思議な二面性が存在する。彼の素朴なモチベーションから発して作曲されたものと、生活と名声のために他力的に作曲されたものとに分かれる。特にこの頃はこの二つの側面を持つ作品が混在する時期でもあった。彼はこの葛藤と生涯に渡って格闘し続けている。この心層劇はこの辺のことを突いているのではないか。
Elgar's Rondo エルガーのロンド
by David Pownall
Cast
Edward Elgar : Arec McCowen
Alice Elgar, composer's wife : Shelia Ballanine
August Jeager, "Nimrod" : John Carlisle
"Windflower", Alice Stuart-Wortley : Anne Lambton
Frank Shuster, composer's patron : Peter Bygott
Carice Elgar, composer’s daughter : Debra Gillet
George Bernard Shaw : James Hayes
Mark, handyman : Gary Taylor
Father John, a Jusuit : Ian Hughes
Bandmaster : Sean Hannaway
King George V : David Weston
Archill, gillie : Alex Campbell
Paul Hooker, bassoonist : David Delve
Cellist : Tania Levey
Staff
Director : Di Trevis
Designer : Pamela Howard
Lighting design : Rick Fisher
Additional music : Dominic Muldowney
Musical director : Michael Tubbs
Movement director : Jane Gibson
1993年10月20日 ストラットフォード・アポン・エイヴォンのスワン劇場にてロイヤル・シェイクスピア劇団により初演。翌1994年4月27日ロンドン、RSC BarbicanのThe Pitにて上演。
【解説】
ウワサ通り、全くもって奇妙な演劇である。ストーリーとしては、1911年の第2交響曲初演の失敗で失意のエルガーを励ますために、パトロンのフランク・シュースターが彼のためにパーティーを開く。様々な友人たちがエルガーを激励しようと努めるが、彼は頑なに心を開こうとしない。最後にはさすがの彼も心を開くのであるが、劇は終始その葛藤が続く。中には1909年に死んでしまっているイェーガーも亡霊として登場する(劇中ファウストとメフィストフェレスの関係に例えている)。しかし、彼の姿はエルガーにしか見えないし、彼の声はエルガーしか聞くことができない。
また、この劇には友人としてジョージ・バーナード・ショーが登場するのだが、エルガーとショウが初めて会ったのは1918年のことなので、この辺は事実とは異なっているし、第2幕では国王ジョージ5世が単身でフラリとエルガーを訪ねてくる。まるでベナツキーのオペレッタ「白馬亭にて」を思わせるマヌケな雰囲気が漂ってくるのだ。しかもこの国王は劇中居眠りしてしまう描写があったり。この辺りは脚本的にいささか疑問な点がある。脚本の不自然さは、1911年のシュースター宅からいきなり1918年のブリンクウェルズに飛んでしまうのもよくわからない。
心理劇と言われているだけあって、難解な表現があり、我々には理解に苦しむ部分も多々あるのは事実。例えば、第1幕の場面となるシュースターの家「ザ・ハット」におけるエルガーの部屋の壁に大トカゲの剥製が飾ってあり、脚本にはその大トカゲがいつ揺れたかということが細かく触れてある。残念ながら、この辺りが何を意味するのかはわからない。
最も驚かされたのがエルガーその人の人物描写である。ここで登場するエルガーは気難しく、聞き分けなく、毒舌を吐きまくり、粗暴な人物として描かれる。妻アリスを突き飛ばす、ウィンドフラワーに暴言を浴びせ、イェーガー(の亡霊)を罵倒し、ジョン神父に毒舌を吐き続け、使用人のマークには意地悪く当り散らす。まるで、「フォルティ・タワーズ」のバジル・フォルティそのものなのだ。
いずれにせよ、この劇は英国独特の一筋縄ではいかないストーリーと描写が続いて、シットコムのようにいきなり終わってしまう。突然、心を開いたエルガーが作曲し続けていたのはチェロ協奏曲だったというパンチライン(オチ)でエンドする。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/59z2kw
ストーリー
■ 舞台設定と概要
舞台は1911年、エルガーが交響曲第2番を初演した直後の時期から始まる。
この交響曲は、エルガーが大きな期待を込めて作曲したにもかかわらず、初演は成功とは言い難く、彼は深い失意の中にいる。物語はこの精神的な落胆のただ中で始まる。
■ ストーリー概要
エルガーのパトロンであり友人でもあったフランク・シュースターは、彼を励ますために**自宅「ザ・ハット」**でパーティーを開き、エルガーの家族や友人、そしてかつての仲間たちが集まり、彼の心を慰めようとしている。
しかし、エルガーは心を頑なに閉ざし、毒舌を吐き、周囲との軋轢を深めてゆく。特に、妻アリスや娘キャリス、友人である「ウィンドフラワー(アリス・スチュアート・ワートリー)」に対しても攻撃的に振る舞い、内面の葛藤を外部にぶつける。
物語が進む中で、すでに亡くなった友人アウグスト・イェーガー(ニムロッド)が亡霊として登場。イェーガーの姿はエルガーにしか見えず、彼の声もエルガーにしか聞こえない。この亡霊はエルガーの良心であり、過去の記憶であり、彼に厳しい内省を促す存在である。劇中では、彼らの関係がファウストとメフィストフェレスになぞらえられる場面もある。
第2幕では、時空が曖昧になり、1918年のブリンクウェルズ(エルガーの晩年の住居)へと場面が飛ぶ。そこではなんと英国王ジョージ5世が単身で訪問するという奇妙な展開も起き、やや風刺的、夢幻的な空気が流れる。
エルガーは苦悩し続けながらも、徐々に心を開いてゆく。そして、劇の終盤、彼が密かに書き続けていた作品がチェロ協奏曲であったことが明かされる。劇はこの「オチ」によって、いささか唐突に締めくくられる。
■ 特徴とテーマ
エルガーの二面性:名声と内なる孤独、創作の喜びと苦悩。
現実と幻想の境界があいまいな夢幻能的な構成。
過去の亡霊たちとの対話を通して、自我と向き合う構造。
エルガーという人物を理想化せず、怒りっぽく、繊細で、傷つきやすい人間として描く点が特徴的。
終幕では、彼の「再生」と「創造の復活」が示唆される。
■ 演劇としての特色
『エルガーのロンド』は、伝記劇ではなく心理劇である。時代考証はあえて逸脱され、史実とは異なる人物配置や時間軸の混在があるが、それはエルガーの内面の混乱や葛藤を象徴するための演出手法と解釈できる。