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エルガー演奏の原典とは何か?

愛の音楽家エドワード・エルガー

エルガー演奏の原典とは何か?

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 1914年から1924年までの最初の録音プロジェクトと1926年から始まったフレッド・ガイスバーグのプロデュースによるEMIのプロジェクトという、2つのエルガーの自作自演集は、作曲者が人生最後に成し遂げた大仕事である。特にEMIのプロジェクトはその作業は作曲家が病床に伏してからも進められた。最後にはエルガーがベッドに寝たままマイクロフォンを通じスタジオへ指示を送りながら作業が行われている。これらの録音は、そんな状況を克明に伝える貴重なドキュメントとしての存在価値がある。
 1920年に愛妻アリスに先立たれてから、エルガーの創作活動は完全に停止した・・・・とよく言われる。しかし、それは正しい認識ではない。これら、CDの枚数にして通産20枚以上にも上るほどの録音を作り上げることに、どれだけのエネルギーが必要なのか。しかも現代のような最新式の機材もない、1920年代に、あれほどのプロジェクトを成し遂げる労力。つまり、エルガーの芸術は、作曲活動から録音活動にそのままシフトしただけであって、決して彼の芸術的パッションは枯れることはなかったのである。
 エルガー以外にも自作品の録音を残した作曲家は存在しているが、残念ながらその多くは必ずしも「名作曲家イコール名演奏家」ではないということを証明している。エルガーの一連の録音に関しても、演奏技術、録音水準ともに、それなりのハンディキャップを考慮して耳を傾けないと鑑賞するのは難しいかもしれない。それは当時の電気録音で使用されるSPレコードの吹き込み時間が僅か3分足らずの収録時間しかないため、その収録時間を意識するあまりに長大な作品を演奏する時には、やや不自然なテンポとならざるをえなかったためというのもあるだろう。逆にその収録時間を気にしなくともよい小品など、実に余裕のある伸び伸びとした演奏となっている。
 しかし、これらの歴史的録音は、エルガー作品を演奏する現代の多くの演奏家にとって正にバイブル的存在となっている。前述したようなハンディキャップはあるにせよ、これらは作曲家自身が指し示した重要な手がかりであることには変わりない。

 

 たとえば、エルガーとは直接の親交があったサー・エイドリアン・ボールトの演奏は作曲者の意図を最も忠実に再現しているといわれる。実際、ボールトの指揮によるエルガー作品のほとんどが作曲者自作自演のものと演奏のテンポの点でも最も近い。初演では惨憺たる失敗に終わった「交響曲第2番」はボールトによる復活再演によって見事に名誉挽回を果たした。この時エルガーはボールトにこう言って労をねぎらった。「素晴らしい音楽の連続だった。君に任せておけば、私の将来の評価も安泰だ」。実際、ボールトの演奏は、スコアに書かれた以上のことはほとんど何もしていない。ボールトは言っている。「作品が素晴らしいので、特に私が何もしなくともオーケストラに任せておけば大丈夫」。さらにボールトはエルガーから序曲「南国にて」について直接トレーニングを受けているだけのこともあり、他の追随を許さぬ名演奏を録音で聴くことができる。作曲者がいかにボールトを買っていたかを物語るエピソードである。このボールトのスタイルは彼の弟子であるヴァーノン・ハンドリーへと受け継がれている。
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 さらにロンドン・フィルを率いて一連のエルガー作品を録音したサー・ゲオルグ・ショルティも作曲者の自作自演盤通りに演奏することを主張した演奏家の一人である。ショルティの解釈もボールト同様、見事なほどのストレート勝負を試みている。ただ、指揮のエキスパートであるショルティが、お世辞にも指揮者としては卓越していたとは思えないエルガーの演奏のアウトラインをなぞるというのも何か面白いものがある。
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 最近の演奏家では、ノン・ヴイヴラート奏法を取り入れたサー・ロジャー・ノリントンの名前をあげることができる。「ヴイヴラート奏法が盛んに行われるようになったのは第二次大戦後のことであり、それ以前に作曲された作品はノン・ヴィヴラートで演奏すべき」。ノリントンは、彼のノン・ヴイヴラート奏法の正当性をこのように主張している。当然、エルガーの作品もノン・ヴィヴラート奏法で演奏している。ノリントンのノン・ヴイヴラート奏法と、この一連の自作自演集の直接の関連性について早急に結論を出すことはできないが、ノリントンの行っている運動は今日では多数の賛同者を獲得し、将来的にはさらに拡大されるだろう。読売日本交響楽団でエルガーの「交響曲第1番」を指揮するために来日したジェフリー・テイトが面白いことを言っていた。
「エルガーの時代に流行ったポルタメント奏法をガーディナーあたりが復活させたら面白いだろうね」。ノン・ヴィヴラート奏法とともに、この自作自演集の録音でも聞かれる過剰なポルタメント奏法は、1920年代には盛んに行われていたようである。この件に関するノリントンの見解はどうなのだろうか?
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 やはりボールトの弟子筋にあたるダグラス・ボストックも作曲者の自作自演による演奏スタイルの支持者である。2002年の来日時に学生オケで「交響曲第1番」を演奏した際の筆者とのインタヴューでのコメントを紹介したい。「ボクに言わせると、ほとんどの演奏は遅すぎる。ボクの演奏はリハーサルで計ったところで47分30秒ぐらいだ。大体、エルガーの自作自演か、ボールトあたりの速度が適当だと思う。先日のコリン・デイヴイスとロンドン交響楽団のCDを聴いたかい?あれは、Terrible(遅過ぎる、ということ)。コリンはボクの友人だけど、あの演奏はいただけないな」。さらに続けて「ブライデン・トムソンはボクの師匠でもあるけど、彼の演奏があんなに遅いのはね、彼がいつも酔っ払って指揮していたからだよ(爆笑)」。エルガー→ボールト→ハンドリー/ボストックという流れが、実は最も正統的なエルガー解釈の流れといえるかもしれない。

 

 

 さらにもう一人意外なところに作曲者の自作自演支持者がいる。それは日本人指揮者大友直人である。2002年6月に「交響曲第2番」を指揮した時のことである。
 この曲の第2楽章73番ピューモッソで最初の3小節をフォルテからクレッシェンドしながら4小節目でいきなりpppになるようにスコアには書かれている。ところがほぼ全ての録音や演奏が3小節目の3拍目か4拍目でテヌートをかけながらディミヌエンドしているのである。大友直人はこの部分、スコアを無視して慣例通りに演奏していた。この点を本人にインタヴューしたところ、
 1.エルガーの自作自演がそうやっていること。
 2.更にいきなりスビトピアノをかけることは技術的にあまり現実的ではない。
 3.そこではクラリネットがディミヌエンドの指定がしてあり、後のほうに出てくる同様の箇所でもクラリネット、ファゴットなどがディミヌエンドの指定がかかっているので、ここは弦楽器も合わせた方が音楽的に自然である…
と答えている。逆にサー・ジョン・バルビローリなどは、ほとんどスコア通りでやらせている。スコアを取るか、録音された慣例を取るのが原典なのか難しいところであるが、少なくとも大友直人は作曲者の自作自演を選んだということである(注:作曲者自作自演によるこの曲は2種類存在するが、1度目はスコア通り、2度目は慣例通りの演奏である)。

 

 もう一人、作曲者の原典にこだわった頑固な指揮者がいる。それはジェイムズ・ロッホランである。ジェイムズ・ロッホランは「交響曲第2番」を演奏する時に、ある部分のクレシェンドの指定がどうも思うように演奏できなくて因っていたという。そこでエルガー・バースプレイスでエルガーの自筆諸を研究したところ、実は印刷された楽譜とは違う部分にクレシェンドが書き込まれているのを発見し大いに納得したという。来日時にロッホラン本人に面会してその点を確かめてみた。それは第2楽章最後の部分89番の3小節後のことだという。ロッホランが自筆諸上で発見したのは、トロンボーンのクレシェンドの頂点が印刷諸よりも2拍後だったのである。こうすると従来よりもトロンボーンがより浮かび上がり、かなり違った感じで、より深い印象を残すことができるとロッホランは答えていた。実際、ロッホランのパターンはCDで聴くことができる。しかし、エルガー自身の2回の録音ではこのパターンで演奏していないので、ロッホランの解釈には疑問の余地もある。

エルガー演奏の原典とは何か?

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 さらに「交響曲第2番」の原典に関して考察せねばならない点がある。英国のオーケストラの間では、第4楽章149番(楽章開始から5、6分あたり)のトランペットソロのハイHを2小節伸ばすのが慣例となっている。楽譜上では1小節だけなのだが、1927年の作曲者によるセッションでトランペット奏者のアーネスト・ホールがこのように演奏したところ、作曲者自身が認めたためである。現在出ているほとんどの録音が、この慣習に従って2小節伸ばしているが、楽譜通り1小節で演奏しているのはバルビローリ、メニューイン、バレンボイム、スラットキンとマントルの5人だけ。東京交響楽団で同曲を指揮した大友直人は2小節伸ばしで演奏していた。また、尾高忠明は「どちらのパターンも試したことがある」と述べている。広上淳一は1小節で切っていた。これはベートーヴェンが「交響曲第3番エロイカ」第1楽章の終盤で当時のトランペットでは吹けない音域まで書きこんだために、後世の演奏家が、このトランペットをどうとるかが一つの問題(「主題の行方不明」)になっている点を思い起こさせる。
 この点で、興味深いのがショルティである。彼はエルガーの自作自演を徹底的に研究したというだけあって、この部分を2小節伸ばしで演奏している。しかし本来原典主義者的ポリシーを持つショルティがスコアを無視するなど、「やってはいけないこと」の部類に入るのではないだろうか?ちなみに彼はシカゴ響との録音によるベートーヴェンの「交響曲第3番」(http://tinyurl.com/6otj8o)の第1楽章終盤のトランペット部分は、逆にスコア通りこの「主題の行方不明」を実際に演奏している(ほとんどの録音は、トランペットにテーマをそのまま吹かせるパターンが多い)。またその逆に作曲者と共演したことがあるバルビローリとメニューインなどはそういう「情」的なものに同調しそうなのに楽譜通りにやっているのが対照的だ。

 

 この自作自演盤重視の傾向は最近の録音でも見受けられる。リチャード・ディッケンズ指揮、ラファエル・ウォルフィッシュ独奏、ロイヤル・リヴァプール・フィルによる「チェロ協奏曲」は、作曲者指揮、ビアトリス・ハリソン独奏による同曲の1928年の録音を意識して演奏されている。今日ごく普通に我々が耳にするチェロ協奏曲は作曲者の意図から離れたもので、スコアが出版された時点で既にいくつかの改訂が発生していると研究家ジョナサン・デル・マー氏は語る。作曲者がハリソンと行った2度にわたる録音に使用されたスコアこそ原典版であるとマー氏は主張する。これは原典版というよりは、むしろ作曲者自演版ともいうべき録音だろう。
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 さらにヴァーノン・ハンドリー指揮、フィリップ・グラッファン独奏による「ヴァイオリン協奏曲」。フリッツ・クライスラーに捧げられたこの作品は、1910年の初演時には既にクライスラーによる編曲が入り込んでいたとグラッファンは主張しており、グラッファンによる演奏は、クライスラーによって成された表現などを一切廃した、よりプレーンな状態の演奏を自筆譜から再現している。グラッファンによるとクライスラー版とリード版と呼ばれる自筆諸には40箇所ほどの違いがあるとのこと。しかし、ポルタメントの多用、細かなトリルなどの装飾の場所が少し違うが、一聴したところではそれほど大きな相違はない。
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 その他、もともと楽譜が存在しないのだが、エルガーの自作自演に含まれている録音を手がかりとして、初めて楽譜起こしされた例として、「シビック・ファンファーレ」と「5つのピアノ即興曲」などがある。これらの曲は、この録音自体が世界初演となる。EMIのエルガーの自作自演を集めた全集の中で、1929年にエルガーは5つの組曲から成るピアノの即興を録音している。その演奏は1970年代まで全く陽の目を見ることがなかった。デイヴイッド・オウエン・ノリスはこの録音を頼りに耳で曲を再現し、度々この曲を彼のリサイタルで取り上げ続けた。そして、エルガーの自作自演以来初となる録音を実現させている。
 この組曲の2曲目は「Fringes of Fleet」の2曲目「Fates Discourtesy」のメロディを見つけ出すことができる。さらに3曲目と4曲目は、未完のピアノ協奏曲へと発展することになる。その他、エルガーがピアノのウォーミング・アップ時によく演奏したというロッシーニ調のメロディも登場するなど、この曲は研究者の間では非常に研究価値のある作品としてみなされている。
デイヴイッド・オウエン・ノリス:ピアノ曲(EE)
(このCDは国内では入手困難)
 「シビック・ファンファーレ」は、1927年へレフオードで開催されたスリー・クワイヤーズ・フェスティヴァルの開幕のために作曲された作品。EMIの録音はその時の模様を収めたもの。しかし収録の後、この音源は一時行方不明となってしまったが、LPレコード「イメージ・オブ・エルガー」が発売される1970年代になって再発見され世に出ることになった。一方、1949年頃までスリー・クワイヤーズ・フェスティヴァルの開幕曲としてこのファンファーレが使用されていたのだが、こちらもいつの間にか忘れ去られてしまった。しかし、このLPセットが発売になったことによって、同音楽祭での開幕の曲として復活を果たしたという経緯がある。
 以上のような例は、いかに作曲者の原典とは何かを考察することが演奏活動において非常に重要な作業であるかを物語っている。

 

電気録音       マールバンク

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