大友/東響のゲロンティアス

愛の音楽家エドワード・エルガー

思い出のエルガー・コンサートへのタイムスリップ

 

日時:2005年3月5日
会場:東京芸術劇場
東京交響楽団 大友直人プロデュース 東芸シリーズ第79回

 

指揮:大友直人
メゾ・ソプラノ:手嶋眞佐子
テノール:マーク・ワイルド
バス:三原剛
管弦楽:東京交響楽団
合唱:東響コーラス

 

エルガー協会後援

 

 

 

【演奏会レヴュー】

 

 遂にこの日が来た。2002年「神の国」、2004年「使徒たち」と続いたエルガー3大オラトリオ・チクルスの最後を飾るのが最高傑作の呼び声が高い「ゲロンティアスの夢」。過去フィル唱で2回、東京アカデミーで1回とアマ合唱団の定演で実現し、純粋なプロ公演としてはヒコックスが新日を振った演奏があっただけ。今回はその真価が最も発揮される演奏会であると期待が膨らんだ。
 日本における2大エルガー指揮者である尾高忠明と大友直人。一方の雄、尾高は交響曲を始めとする管弦楽作品を多く取り上げ、その評価は万人の知る通り。大友直人も管弦楽作品の取り上げる頻度ももちろんだが、特にエルガー作品群の真髄ともいえる声楽作品の紹介に多大な功績を上げている。
 オーケストラも、その大友や秋山といった英国音楽を得意とする指揮者からエッセンスを注入され、最も「英国らしい」音を獲得することに成功した東京交響楽団。
 さらにフィルハーモニア合唱団、東京アカデミー合唱団と続いた英国音楽の積極的な紹介に努めた団体の遺伝子を受け継いでいると思われる東響コーラス。 これらの組み合わせをもってして、これ以上のものを現在の日本で求めることはかなわない。

 

 昨年の「使徒たち」同様、合唱団は今回も暗譜。世界のどこを探しても、この長大な作品を暗譜で歌う合唱団は他にいないだろう。「使徒たち」に出演したキャサリン・ウィン・ロジャースも大変驚いていた。エルガーの残した総譜には、ソリストや合唱団の立ち位置などが厳密に書き込まれている。会場の関係で、100パーセントその通りにすることはできなかったが、それをなるべく尊重した配置となっているものと考えられる。

 

 大友直人の指揮は、全体的に速めの中、序曲をやや遅めに、そしてフィナーレ前でテンポをグッと落として進めていた。何ヶ所か明らかに狙っていた箇所があったようで非常に効果的な演奏となっていた。例えば、やはり第1部の核心部分ゲロンティアスの「Sanctus Fortis」を頂点として睨んで、その前の合唱「Be Merciful」の中間の盛り上がりにさしかかるまで、徹底的に抑制し、そこにさしかかったところで一気に解放するなどゾクゾクする効果。第2部悪魔の合唱での速いテンポでパッターソング的に言葉を処理させる一方、清霊の合唱ではテンポを落とし、じっくりと聞かせるなど効果を十分に考慮した造りはさすがと思わせるものがある。特に清霊の合唱部分での指揮者の煽り方は凄かった。この煽りが出る時の大友直人は全開モードに入ったことを物語っている。そして、最後の天使の告別へ向かっての遅めのテンポ。恐らくバルビローリよりボールトよりも遅いテンポだろう。これが泣かせてくれた。何という慈しみ深く温かく優しい響きなのか。本当に天使に抱擁されているかのようだ。
 バルビローリの録音では、彼の芸術上の最大のパートナーであったキャサリーン・フェリアーへの追悼オマージュが込められており、そのバルビの追悼演奏会では、ジャネット・ベイカーがこの部分で感極まって泣き出したという天使の告別の場面。そんなエピソードも一気に思い出され感動はピークに達した。もうこれ以上何を求めえようか。もはやエルガーの作品は大友直人の一部となったかのよう。
 全体的な流れも非常にスムーズで、特に合唱からソロに繋げる部分での連結が見事。第1部合唱から「Sanctus Fortis」のテノールへの部分など、自然な流れが感じられ、それは曲全体の様々な場面でも見られた。特に合唱のセミコロがとても重要なリーダー役としての役目を果たしていたのが好印象である。いつものように子音を飛ばし気味で、歌い辛い英語をよく響かせていた。重要ないくつかの単語を強調することによって意味を持たせている。合唱の勝負所、第2部の悪魔の合唱は、正に理想的な表現方法といえる。「Ha Ha」という悪魔の笑い声、ここは声楽的な響きはむしろ邪魔になってしまう。なるべく生の声で汚らしく歌うということを実施してみせた。意外にもこれを極端にやっているのは65年のバルビローリ盤くらいではないだろうか。清霊の合唱部分では、第1テーマである「Praise to Holiest」と第2テーマ「O Generous Love」を印象つけるような歌い方で、非常に的を射た表現だ。
 オーケストラもオルガンともどもトゥッティでの難しいアンサンブルでもよく合わせていたと思う。特にモニター画面でしか指揮を見ることができないオルガニストにとっては大変であったろう。何かと悪評の高いガルニエ社オルガンだが、この日は堂々たる響きを聞かせてくれた。
 最後にソリストなのだが、なぜか3人が3人とも所定のパートよりやや高めの声質で、若干線が細いイメージがあった。ソプラノ的なリリックに聞こえるメゾ・ソプラノは、ベイカーやロジャースとは違った個性が感じられた。ハイバリトン気味の三原もよく健闘していたと思う。テノールのマーク・ワイルドは、「ゲロンティアス」は何度も経験しているはずなのだが、一番弱かったのが残念。特に第2部「Take me Away」でのmfくらいからクレッシェンドする歌い方は少々?マーク。それが彼独自のやり方なのかもしれないが、筆者自身の解釈とはややギャップが感じられる。
 全体的には、とても質の高い演奏となり、満員の観客も十分にこの日の歴史的公演に感動で応えていたのだった。

 

②《ゲロンティアスの夢》の録音

 

 現在出ている全曲録音(録画)は以下。
(1)サージェント(1945)/コロムビア盤
 記念すべき初の全曲録音。オーソドックスかつ正統的演奏。1時間31分19秒。
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(2)サージェント(1955)/EMI盤
 (1)とほぼ同じスタイル。記念碑的価値は(1)に譲る。サージェントが初演を行ったウォルトンの《ベルシャザールの饗宴》との英国2大オラトリオ強力カップリング。1時間34分39秒。
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(3)バルビローリ(1957)/
 ローマで録音されたライブ。音が悪くディティールがはっきりしない。バルビローリの唸り声が聞こえてくる。1時間36分33秒。
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(4)スワロフスキー盤
ウィーンで行われたライブ。珍しいドイツ語版。
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(5)バルビローリ(1965)/EMI盤
 演奏者一人一人にバルビローリの解釈が伝わっている。最も遅い演奏である。ここでのバルビローリの情感溢れる演奏とデイム・ジャネットとの相性が素晴らしい。特に第2部前半の「悪魔の合唱」をこれほど下品に歌わせている例も珍しく、これが結構効果をあげているので、逆に崇高で美しさを表現する部分が引き立つ結果に。1時間38分16秒。
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(6)ブリテン盤
 かなり速めのテンポでメリハリを効かせた演奏。演奏自体は「動」的な要素を求めるには良い。序曲の狂ったようなティンパニを聴かされるとイヤがおうでも激しさを予想させられ、実際その通りドラマティックに進行していく。第1部の最後と第2部の精霊の合唱でオルガンが挿入され荘厳な効果をあげている。1時間31分13秒。
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(7)ボールト盤
 全体的な完成度はかなり高いが、第2部後半の「ハレルヤ」(練習番号117番)で天使役のヘレン・ワッツが「ラ」の音から「ミ」へ逃げてしまっているのが大きなマイナス・ポイントで、それだけが惜しい。確かに譜面上では、そういう風になっているが(アルトにとっては音が高過ぎるので)、雰囲気的に高潮する場面なので、やはりいただけない。1時間36分49秒。
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(8)ギブソン盤
 かなり速めの演奏。1時間29分26秒。
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(9)スヴェトラーノフ(LP)盤
 この時合唱指揮者をつとめたリチャード・ヒコックスも「思い出深い演奏」とコメント。メロディアからのCD化を期待したい。
(10)ラトル盤
 ラトルによるバーミンガム時代の録音。これから価値が出てくるだろう。デイム・ジャネットはバルビローリ盤の頃と比べられると辛い。1時間35分15秒。
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(11)ヒコックス盤
 平均的に基準点を全てクリアしている。スタンダートな演奏なので、初めて聴く人に薦めるのに最も無難かもしれない。1時間35分26秒。
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(12)ハンドリー盤
 何回聴いても何故かあまり印象に残らない。録音がやや引っ込み気味のせいか。ウィン・ロジャースが天使役を歌っていて、何かを感じさせる。カップリングのジェイコブ編曲の《オルガン・ソナタ》も面白い。1時間33分52秒。
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(13)ヒル盤
 ナクソス特有の録音面での悪い点で、音がイマイチ前に出て来ない。物足りなさ残る。1時間33分48秒。
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(14)A・デイヴィス(DVD)盤
 とても感動的なライブ。以下にこの実況中継について紹介したい。1時間36分17秒。
(15)プーラン盤
ギブソン盤を上回る最速の演奏。
(16)C・デイヴィス盤
フォン・オッターの天使役が聞きモノ。
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(17)オラモ盤
初演と同じバーミンガムで行われた演奏。
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〔スコア〕
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