愛の音楽家エドワード・エルガー

愛の音楽家エドワード・エルガー

2002年の大友/東響のエルガー2番

2002年6月8日 サントリーホール

 

東京交響楽団 第493回定期演奏会

 

 

エルガー/交響曲第2番

 

サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲

 

    指揮:大友直人
    ヴァイオリン:レジス・パスキエ

 

 

2002年の大友/東響のエルガー2番

 

 2002年のエルガー2番ラッシュ最大のヤマ場とも言える大友/東響による演奏は、先日聴いたロッホランとは演奏のタイプが異なるために一概に比較することはできないが、それを上回る深い感動をもたらす素晴らしいものであった。

 

 色々調査を重ねた結果、東響がエルガー2番を演奏するのが今回で少なくとも4回目になるということが判明した。
最初が1985年山口貴指揮による本邦初演。2度目が1990年山口貴による再演。そして3回目が1997年大友直人による演奏。

 

つまり、この曲に関しての演奏経験は東響が日本一といってよさそうなのである。知人で1985年と1990年の初演を聴いた人がいるのだが、かなり傷だらけの演奏であったという話を聞いた。更には、5年前の1997年の大友直人による演奏にしても第1楽章など金管、木管などかなりあちらこちらで破綻をきたしていた記憶がある。
従って、日本でこの曲を聴く場合、ある程度のミスは仕方がないものだと大目に見てきていた面がある。現にアマチュアの御茶ノ水OB管はともかく、先日の日フィルに関しても多少は目をつぶったきたつもりである。

 

ところが、今回の東響の演奏に関しては、そんな余計なハンディを与える必要など全くなかった。4度の演奏経験を重ねることによって、ついにこの曲を自分たちの血肉にすることに成功したのではないか。
このようなバックボーンがある上に大友、秋山といった英国音楽の精神に精通している指揮者がついているという事情ゆえに東京交響楽団の音色は英国音楽に最もマッチすると言われているのだろう。

 

 第1楽章の出だしは弦バス、低金管などの低音楽器の重低音の豊かな響きを伴った堂々たるものだった。特に今回マエストロの棒の「溜めどころ」のタイミングが素晴らしく、それが鋭い瞬発力を生み出す効果を発揮していた。リズムは小気味よく刻まれ、速めのテンポながらメリハリのはっきりとした演奏に仕上がった。
 28番あたりでは、先の打楽器による重低音効果がうまく生きており、「我々は幽霊のように歩いている」と述べた作曲者の言葉をよくイメージさせている。
合いの手のように入るハープの音色が実に丁寧で違和感なく美しく溶け込んでいた。5年前の演奏で特に印象的だったのが42番2小節目のfffの爆発の前のパウゼを異常に長く取っていたことである。
「バルビローリ/ボストン響のCDの演奏に似ているな」と当時思ったものである。それが今回はほとんどパウゼなしであった。いや、厳密に言うなら一瞬パウゼを取るような素振りも見えた。
しかし、この日のマエストロの「溜め」のタイミングがその時々で微妙に変化しており、オケがこらえ切れずに一瞬早く飛び出すパターンが何回か見られた。
あるいはここは5年前同様長めのパウゼを取るつもりだったのかも知れない。終演後にマエストロは「(パウゼの取り方が5年前と違うということは)自分がそれだけ大人になったということかな(笑)」と冗談まじりにコメントしていた。

 

 第2楽章もかなり速めのテンポだ。そんな速めのテンポを取りながらも金管のコラール風のフォルテの部分が決して輪郭が甘くなることが一切なかったのは見事としか言いようがない。
 以前から第2楽章のスコアで気なることが一点あった。それは73番ピューモッソで最初の3小節をフォルテからクレッシェンドしながら4小節目でいきなりpppになるようにスコアには書かれている。
ところがほぼ全ての録音や演奏が3小節目の3拍目か4拍目でテヌートをかけながらディミヌエンドしているのである。個人的にはこのスコア通りにやる方が効果的ではないだろうかと思っているのだが・・・・(例えばバルビローリなど、この場面ほとんどスコア通りでやらせている)。
この日のマエストロはどう処理するかを注目していたら、やはり4拍目でテヌート、ディミヌエンドをかけていた。82番の8小節目にも同じような箇所があるのだが、こちらの方はより明確に3拍目あたりからテヌート、ディミヌエンドが始まっていた。
この辺に関してマエストロは「1.エルガーの自作自演がそうやっていること。2.更にいきなりスビット・ピアノをかけることは技術的にあまり現実的ではない。3.73番ではクラリネットがディミヌエンドの指定がしてあり、82番でもクラリネット、ファゴットなどがディミヌエンドの指定がかかっているので、ここは弦楽器も合わせた方が音楽的に自然である」というコメントをもらった。
なるほどと聞いてみて初めて納得した。更にマエストロはこう続けた。「この曲にはこのような色々な仕掛けがあるから面白い」
 特に、今回の演奏では、ソロを受け持つことが多い木管の響きをまず中心ラインに据えて、それに金管や弦楽器の音色を揃えるように心がけていたように聞えたのが印象深い。特に79番でオーボエがソロを奏する場面での弦楽器による印象的な伴奏を決して出しゃばらせることなく、あくまで全体のバランス感覚を大切にしつつ進行した感がある。特にこの弦楽器の伴奏が段々クレッシェンドする劇的効果はゾクゾクさせらる。ただ残念なのは80番の1小節目で弦楽器のクレッシェンドが最高潮に達した時点で、主役は木管から弦楽器に移行しなければならないのであるが、ここでも弦楽器をセーブさせてしまったのが惜しい。
 そして第2楽章最後のロッホラン・パターンに関して、マエストロ大友は「それをやってしまうとヴィオラとチェロのフォルテピアノが逆に聞えなくなってしまうのでは?」と疑問を呈していた。

 

 第3楽章ではダ・カーポし終わった後の93番2小節前のティンパニの8分音符がよく浮き上がって聞えたのが印象的であった。118番から始まるティンパニやタンバリンなどの連打をバックに120番目指して盛り上がる場面は、「ゲロンティアスの夢」第2部で、魂となったゲロンティアスが天使に導かれて一瞬ながら神の姿を一瞥する場面を彷彿させる大迫力を現出してみせた。その後にようやく初めてハッキリとその姿を表す「喜びの精霊」を経て音楽は底なしの混沌=カオスを表現しているかのようだ。

 

 第4楽章では、堂々としたフーガが立派で、マエストロの棒もこの辺で冴えに冴えまくり、実に楽しそうに見えた。それゆえ166番あたりから音楽はますます感動的になっていく。マエストロ大友がいみじくも語っていた「エルガーが本当に書きたかったのは、この第4楽章の最後の方なのではないか?それまでの50分間はこれ以降のためだけにあるようなものではないか」。実際にエルガー自身もバリビローリに「本当の音楽は155番以降から始まる」というようなことを語っている。それを具現化するように、マエストロ大友はこの166番以降を、それまでよりテンポをグッと落として、丁寧に愛情を持って展開していった。特にこの近辺で木管や弦楽器群が上昇音型や下降音型を繰り返すのだが、その実際に動く楽器群を主役として伴奏に回る他の楽器とのバランスが絶妙の域である。時にはマエストロが伴奏の楽器が浮き上がりそうになるのを左手で巧みにコントロールしていたように見えた。スコアに書かれた音符の視覚的な美しさと共に、この曲の最も美しく、そして儚い思いを感じさせる部分だ。第4楽章の主題と「喜びの精霊」が豊かな響きで融合していく様は交響曲第1番第4楽章の130番と同じように深い感動を誘う場面である。

 

 大友直人という指揮者は、結構その時々によって多少ムラッ気のあるタイプのような気がしていた。乗りが良い時の演奏はグングン演奏者と聴衆を引っ張ってしまう強力な吸引力を有している。先日の「神の国」や以前に演奏したエルガー交響曲第1番の時が正にそうだった。逆に「コケイン」やRVW「ロンドン交響曲」の時は、ちょっと「?」と感じさせらたものだった。しかし今回は典型的な前者のケースであったと感じられた。

 

 2004年にいよいよ大作「使徒たち」の演奏会が決定したとの朗報がマエストロの口からもたらされた。あの伝説のフィル唱でさえ取り上げなかったエルガー最大最長の大作の日本初演(恐らく)が決まったのである。この辺の姿勢にマエストロ大友の「本気」が感じられるのだ。また以前に興味を示していたEP3(交響曲第3番)に関しては、「個人的には補完の出来栄えに疑問を感じていないわけではない」ので「今はあまり興味ない」そうである。

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