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エルガー年表

愛の音楽家エドワード・エルガー

エルガー年表

 

1857年 ウースター郊外ブロードヒースにある生家(現バースプレイス(生誕博物館))にて父ウィリアムと母アンの間に7人兄弟姉妹の4番目の子供として生まれる(6月2日)。
1863年 6歳。ウースターのハイ・ストリートにある父親の経営する楽器店に転居。1879年までここで暮らす。
1867年 10歳。《ユーモレスク・ブロードヒース》を作曲。これは1907年に作曲される《ワンド・オブ・ユース》第1組曲の7曲目として後に組み込まれる。
1870年頃 13歳頃。セント・ジョージ・ローマ・カトリック教会のオルガニストとなり、同時に同教会のためにミサやモテットなどの作品を作曲。
また、この頃ポウィック精神病院の楽団のためにポルカやカドリーユを作曲したり、仲間と結成したセレナード楽団のために作曲する。
1872年 15歳。姉ルーシーの誕生日に歌曲《花ことば》を作曲しプレゼント。
1886年 29歳。エルガーの教える音楽教室に後に妻となるキャロライン・アリス・ロバーツが入門(10月6日)。
1888年 31歳。アリスとの婚約のプレゼントとして《愛の挨拶》を作曲。
1889年 32歳。アリスとの結婚。アリス40歳(5月8日)。
  ロンドンへ転居。本格的な作曲活動を始める。
1890年 33歳。ウェスト・ケンジントンの家で娘のキャリス誕生(8月14日)。
1891年 34歳。モールヴァンへ戻り、モールヴァン・リンクの「フォーリ」に転居。1899年まで暮らす。
1893年 36歳。結婚3周年を祝って《弦楽セレナード》を作曲。
1897年 40歳。ヴィクトリア女王即位60周年を記念して《英国行進曲》作曲。
1898年 41歳。セカンド・ハウスとしてノース・モールヴァンの「バーチウッド・ロッジ」を借りる。1904年まで。《ゲロンティアスの夢》の大部分をここで作曲。
1899年 42歳。《エニグマ変奏曲》を作曲。初演は大成功を収め名声を獲得。

   モールヴァン・ウェルズの「クレイグ・リー」へ転居。1904年まで暮らす。
1900年 43歳。《ゲロンティアスの夢》を作曲。
            ケンブリッジ大学より博士号授かる。
1901年 44歳。行進曲《威風堂々1番》、《2番》作曲。
1903年 46歳。《使徒たち》作曲。
1904年 47歳。ナイトの称号与えられる。
 前年のイタリア旅行からの着想で序曲《南国にて》を作曲。
            ヘリフォードの「プラス・グィン」に転居。1911年まで暮らす。
1905年 48歳。《序奏とアレグロ》作曲。
1906年 49歳。《神の国》作曲。
1908年 51歳。《交響曲第1番》作曲。
1910年 53歳。《ヴァイオリン協奏曲》作曲。
1911年 54歳。《交響曲第2番》作曲。
            メリット勲章授与される。
1912年 55歳。ロンドンのハムステッドにある「セヴァーン・ハウス」へ転居。1921年まで暮らす。
1913年 56歳。《ミュージック・メイカーズ》、《ファルスタッフ》作曲。

1914年 57歳。初めてのレコーディング。記念すべきレコーディング1曲目は1913年作曲の《カリシマ》。
1916年 59歳。《英国精神》作曲。
1917年 60歳。セカンド・ハウスとしてウェスト・サセックスにある「ブリンクウェルズ」に夏の間滞在するようになる。1921年まで。
1918年 61歳。《ヴァイオリン・ソナタ》、《弦楽四重奏曲》作曲。
1919年 62歳。《ピアノ五重奏曲》、《チェロ協奏曲》作曲。
1920年 63歳。アリス71歳にて死去。リトル・モールヴァンのセント・ウルスタン教会に埋葬(4月7日)。
1921年 64歳。ロンドンのセント・ジェームズへ転居。1923年まで暮らす。
1923年 66歳。ウースターの「ナプレトン・グランジ」へ転居。1927年まで暮らす。
1924年 67歳。王室音楽主任に任じられる。
1926年 69歳。F・ガイスバーグのプロデュースでグラモフォン社による電気録音始まる。
1927年 70歳。ウースターの「バッテンホール・マナー」に転居。1928年まで暮らす。
1928年 71歳。ストラットフォード・アポン・エイヴォンの「テディントン・ハウス」に転居。1929年まで暮らす。
1929年 72歳。ウースターのレインボー・ヒルにある「マール・バンク」(現「エルガー・コート」)に転居。1934年の死去まで暮らす。
1930年 73歳。《セヴァーン組曲》、《威風堂々5番》作曲。
1931年 74歳。准男爵(バロネット)に叙される。
1932年 75歳。メニューインをソリストに《ヴァイオリン協奏曲》を録音。

1933年 76歳。《ミーナ》作曲。これが事実上生涯最後の作品となる。大十字章(G.C.V.O)授かる。
1934年 76歳の生涯を閉じる。アリスとともにセント・ウルスタン教会に埋葬される。1970年には娘のキャリスも同所に埋葬される(2月23日)。
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1935年 ウースター大聖堂に《ゲロンティアスの夢》をモチーフにしたステンド・グラスが設置される。
1936年 キャリスの提唱によりエルガーの生家が買収され、生家はバースプレイス(生誕博物館)となり、エルガー・バースプレイス・トラストが設立される。
1951年 エルガーの友人であった指揮者エイドリアン・ボールトの提唱でエルガー協会発足。
1962年 ケン・ラッセルの監督によりBBCのドキュメンタリー番組「ある作曲家の肖像/エルガー」制作。
1968年 マイケル・ケネディの名著「ポートレイト・オブ・エルガー(エルガーの肖像)」発刊。
1972年 ウェストミンスター寺院にエルガーの碑が刻まれる。
1981年 ウースターのハイ・ストリートにエルガーの銅像が建立。
1997年 エルガーの遺作《交響曲第3番》が作曲家アンソニー・ペインの補筆により完成、翌年初演される。同年、ウォーカー版《ピアノ協奏曲》も初演が行われる。
1999年 20ポンド紙幣にエルガーの肖像が使用される。
2000年 グレート・モールヴァンに新しい銅像(5月26日)。
       バースプレイス(生誕博物館)、「エルガー・センター」を増築再オープン(8月)。
2002年 ケン・ラッセルが40年ぶりにエルガーのドキュメンタリーをリメイク。
2003〜2004年にかけて、ルイス・フォアマンやデーヴイッド・オーエン・ノリスらの調査により大英図書館から《Enina Waltz》《Smoking Cantata》などのエルガーの未発表作品が数々見つかり、ほぼ同時に録音も実現。

2004年 ジャスティン・ピアソン作、最晩年の作曲家の姿を措く舞台劇「Stirring the Spirit」が上演。
2005年 《ピアノ協奏曲》をロバート・ウォーカーが全曲版として完成させ、録音が行われる。
同年、エルガーにゆかりの深いへレフオード大聖堂前にエルガーの銅像が設置される。
2006年 未完の行進曲《威風堂々》第6番をアンソニー・ペインが補完させ、BBCプロムス2006にて初演が行われている。

 
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