《コケイン(CocKaine – In London Town)》**(Op. 40)
エルガーの**《コケイン(CocKaine – In London Town)》**(Op. 40)は、1901年に作曲された演奏会用序曲であり、作曲者のロンドンへの愛着とユーモア、そして都市の活気と多様性を描き出した作品である。「CocKaine」という語は中世英語で「理想郷」や「贅沢な幻想の地」を指す言葉「Cockaigne」に由来しており、エルガーはこの言葉に洒落っ気とロンドンの俗世的繁栄を掛け合わせている。
概要と背景
この作品はエルガーの円熟期にあたる時期に書かれ、前年の《威風堂々》第1番の成功を受けてさらに名声を高める役割を果たした。《コケイン》は一種の音楽的風刺画であり、ロンドンという大都市に生きるさまざまな人々の営みや情景、そしてそれに対するエルガーの温かい眼差しが織り込まれている。
エルガーはこの作品について「親しき人々と喧騒の町に捧ぐ」と書き添えており、それはロンドンという都市への愛情表現と、そこに住まう人々への感謝の気持ちを示すものである。
音楽構造と特徴
《コケイン》は自由なソナタ形式に近い構造を持ち、導入部から主要主題の提示、展開部、再現部、コーダに至るまで、変化に富んだ楽想が連続的に展開する。曲は全体としてロンドンの街の多様性を描きながら、軽妙洒脱な部分と荘厳で崇高な部分とが対比される。
《コケイン》は単一楽章の序曲でありながら、ソナタ形式を基盤に、ロンドンの様々な情景を描写する複数の主題が展開される。冒頭は活気あるスケルツァンド風の主題で始まり、次第に新たな主題が加わり、都市の多様な側面が音楽的に表現される。
最初に登場するのは軽快な行進風の主題で、これはロンドンの賑やかなストリートシーンを描写している。続いて現れるリリカルな第二主題は、静謐な詩的情緒をたたえ、都市の中にも存在する親密な情愛や静けさを象徴している。
「Nobilmente」の初出
本作において特筆すべきは、エルガーが自身の最も重要な演奏指示語句のひとつ「Nobilmente(高貴に、気品をもって)」を初めて記譜した点である。これは中間部における壮麗な旋律主題に添えられた言葉であり、以後エルガーの代表的な様式美を象徴する語句として、《交響曲第1番》や《ヴァイオリン協奏曲》など多くの作品に用いられることとなる。
この作品で初めて登場する「Nobilmente」の指示は、エルガーが後の作品でも頻繁に用いることになる演奏指示である。具体的には、ロンドン市民の高貴さを象徴する主題の提示部において、「Nobilmente」と記されている
この指示は、エルガーの音楽における気品と威厳を表現するための重要な要素となっている。
この「Nobilmente」は、単なる音の美しさや威厳ではなく、エルガー自身が信じる「精神の高貴さ」「内面の品格」といったものを指し示している。コケインにおけるその使用は、都市の喧騒の中にも人間的な高貴さが存在するという信念の現れである。
演奏解釈上の注目点
本作はテンポ設定と音色のバランスに繊細な配慮を要する。冒頭のリズミカルな動きは機敏で軽妙に処理されるべきである一方、「Nobilmente」の主題は過度に重くならず、しかし深い品位と安定感を持って演奏されなければならない。また、展開部ではエルガー特有の対位法処理がなされており、旋律の重層とダイナミクスのコントロールが作品の推進力とドラマを左右する。
作品の位置づけ
《コケイン》は、エルガーの管弦楽法の成熟を示す重要作であり、後の《南国にて》や《交響曲第1番》などに見られる都市的・人間的テーマの前触れともいえる。単なる風俗描写にとどまらず、英国的精神性とエルガーの美学が融合したこの作品は、現代においても「ロンドンの肖像」として広く親しまれている。
主題と描写
作品内では、以下のような主題が登場し、それぞれがロンドンの異なる側面を象徴している:
活気あるスケルツァンド主題:序曲の冒頭を飾る、ロンドンの賑やかさを表現する主題。
「Nobilmente」主題:ロンドン市民の高貴さや威厳を象徴する主題。
恋人たちの主題:公園での恋人たちの情景を描写する、穏やかで抒情的な主題。
軍楽隊の行進主題:軍楽隊の行進を描写する、力強く華やかな主題。
これらの主題は、作品全体を通じて巧みに組み合わされ、ロンドンの多様な情景が音楽的に描かれている。
結語
《コケイン》は、エルガーがロンドンの活気と多様性を音楽で描写した傑作であり、彼の作曲技法と美学の発展を示す重要な作品である。特に「Nobilmente」の指示の初出は、エルガーの音楽における気品と威厳の表現において画期的なものであり、後の作品における彼のスタイルの礎となっている。