愛の音楽家エドワード・エルガー

《The Light of Life(Lux Christi)》Op.29

エドワード・エルガーのカンタータ《The Light of Life(Lux Christi)》Op.29 は、1896年にウスター三大合唱祭(Three Choirs Festival)で初演された、40分ほどの比較的小規模な宗教作品である。この作品は、エルガーが後に取り組む大規模なオラトリオ三部作──《The Dream of Gerontius》(1900)、《The Apostles》(1903)、《The Kingdom》(1906)──の直接的前駆とされる点で重要である。

 

概要と創作背景

《The Light of Life》は、福音書のヨハネ第9章に基づきつつ、エドワード・ケーペル=キュアによって独自の台本が作られた。この作品は、盲人の癒しの奇跡に焦点を当てているが、物語の背景には霊的啓示と信仰の葛藤が濃厚に描かれている。

 

エルガー自身はこの作品を「神秘劇(Sacred Allegory)」と銘打っており、オラトリオ的な構造とカンターテ的性格を併せ持つ。宗教的モチーフと象徴に満ちており、後の《ゲロンティアスの夢》や《使徒たち》に通じる霊的深みを有している。

 

登場人物と構成

作品は以下のような構成を取る:

 

序奏(Introduction)

 夜明け前の静寂の中、合唱が「The Spirit of the Lord is upon Me」と歌い、霊的覚醒の雰囲気を導入する。
 この冒頭は、後の《The Apostles》における聖霊の主題を予告するかのようである。

 

Recitative and Chorus

 イエスが登場し、弟子たちに向かって「生まれつき盲目の人は誰の罪によるのか」と問われ、「この人の上に神の業が現れるためだ」と答える(ヨハネ9章3節)。この部分は啓示と慈悲の音楽的動機で彩られ、後の《The Kingdom》のような内省的な筆致が見られる。

 

Arioso: The Blind Beggar

 盲人の独白によるアリア。「我は暗きにあり、光を見たことなし」と歌う旋律は、後の《ゲロンティアス》のアニマの歌に通じる感情の吐露である。

 

Chorus: “Light Out of Darkness”

 この合唱は、エルガーがこの作品において最も誇りに思っていた部分の一つであり、「光は闇より生まれる」という根源的な宗教的主題が雄大に歌われる。

 

Miracle and Healing

 イエスが泥を作り盲人の目に塗る。器楽による描写と合唱が交錯し、奇跡の瞬間が音楽的クライマックスとして高揚する。

 

Finale: The Healing and Thanksgiving

 視力を得た男が「I see! I see!」と歌い、感謝の合唱が壮麗に響く。この部分は、《The Apostles》や《The Kingdom》の終結部に見られるような、神の栄光への賛歌として機能する。

 

音楽的特徴と三部作との関連性
主題的連関:

 作品中の「Light」動機(下降する3度を伴う旋律)は、《The Apostles》における「The Spirit of the Lord」動機と親和性がある。

 

器楽による描写:

 奇跡の場面ではオーケストラが活発に描写的な役割を果たし、《使徒たち》での「嵐の夜」や「海上の奇跡」における器楽技法の萌芽が見られる。

 

神秘的霊性の探究:

 《The Light of Life》は、エルガーが純粋な教義よりも個人の魂の内的遍歴に関心を持っていたことを物語る。これはまさに《ゲロンティアスの夢》で本格化する精神主題である。

 

物語上の位置づけ:「使徒たち」の前日譚として

《The Light of Life》は、まだ弟子たちがイエスの神性を完全には理解していない段階を描いている。ここでは、弟子たちの無理解と戸惑いが描かれ、それに対してイエスが「神の光」として自らを啓示する。

 

したがって、後年の《The Apostles》におけるペテロやヨハネの呼びかけと布教活動は、この作品における「霊的覚醒」──盲人が物理的視力だけでなく「信仰の光」を得ること──の延長線上に位置づけられる。言い換えれば、《The Light of Life》は《The Apostles》における「召命」や「啓示」の導入的・前史的構造を担っている。

 

結語

《The Light of Life》は、規模の上ではエルガーの後年の宗教作品に比べて控えめながらも、主題、構造、音楽語法において後の三部作を準備する重要な作品である。とりわけ「光と闇」「啓示と信仰」「魂の目覚め」といった象徴的主題の探究は、エルガーの宗教的音楽世界の核をなすものであり、彼の精神的・芸術的成熟の発火点と位置づけられる。

 

 

エドワード・エルガーのオラトリオ《The Light of Life》(作品29、1896年初演)は、彼の新約聖書三部作の先駆けとなる作品であり、後の《The Apostles》(1903年)および《The Kingdom》(1906年)へと連なる音楽的・主題的要素を内包している。初期には《Lux Christi(キリストの光)》と題されていたが、英国国教会の聴衆に配慮し、より中立的な《The Light of Life》へと改題された。

 

構成と物語

本作は、ヨハネによる福音書第9章に記された、イエスが生まれつき盲目の男に視力を与える奇跡を題材としている。構成は以下の通りである:

 

前奏曲(Prelude):夜明けを描写し、主要な動機が提示される。

 

ナレーションと合唱(Narration and Chorus):盲人の存在と弟子たちの問いかけが描かれる。

 

イエスの応答(Jesus's Response):イエスが「わたしは世の光である」と語る。

 

奇跡の行為(The Miracle):イエスが盲人の目に泥を塗り、シロアムの池で洗わせる。

 

視力の回復と賛美(Restoration and Praise):盲人が視力を得て、神を賛美する。

 

音楽的特徴と動機構造

エルガーは本作で、後のオラトリオに通じる動機的手法を試みている。特に注目すべきは、イエスを「光の与え手」として象徴する穏やかな動機であり、これは前奏曲の終盤で初めて現れ、その後作品全体で様々な形で再現される。この動機は、《The Apostles》の序章でも主要なクレッシェンドとして再登場し、三部作を通じての統一性を示している 。

 

また、エルガーはワーグナーの影響を受け、動機の変奏や時間的展開を通じて、物語の進行と登場人物の心理を音楽的に描写している。例えば、盲人の視力回復の場面では、調性やリズムの変化を用いて、内面的な変化と神の介入を表現している 。

 

《The Apostles》および《The Kingdom》との関連性

《The Light of Life》で提示された動機や主題は、後の《The Apostles》および《The Kingdom》でさらに発展・深化される。特に、「光」の動機は、《The Apostles》の序章で再登場し、イエスの神性と導きを象徴する要素として機能する 。

 

また、エルガーは《The Apostles》において、使徒たちの人間的側面を強調し、彼らの内面的葛藤や成長を描いている。これは、《The Light of Life》での盲人の変化と共通するテーマであり、エルガーの宗教的・人間的探求の一貫性を示している 。

 

結論

《The Light of Life》は、エルガーの宗教的オラトリオ三部作の序章として、音楽的・主題的に重要な位置を占めている。動機の提示と変奏、登場人物の心理描写、そして宗教的象徴の統合により、後の《The Apostles》および《The Kingdom》への橋渡しとなる作品である。エルガーの宗教的信念と音楽的革新が融合したこの作品は、彼の創作活動の中でも特筆すべき存在である。

Elgar: The Light of Life リチャード・ヒッコックス, ロンドン交響楽団, Arthur Davies, ジョン・シャーリー=カーク, Judith Howarth, Linda Finnie,

《The Light of Life(Lux Christi)》Op.29

愛の音楽家エドワード・エルガー電子書籍はこちらからどうぞ

トップへ戻る