《ゲロンティアスの夢(The Dream of Gerontius, op. 38)》

ローマ・カトリック総本山で鳴り響いた《ゲロンティアスの夢》の意味

2023年4月29日、ローマの聖パウロ大聖堂(Basilica Papale di San Paolo fuori le Mura)にて、《ゲロンティアスの夢》が400人を超える演奏者によって演奏された。
この公演は、英国議会による公式後援という政治・文化両面でのシンボリックな意味合いを持ち、同時にジョン・ヘンリー・ニューマンの生涯と思想を称えるものであった。

 

エルガーにとってニューマンの詩によるこの作品は、単なる宗教音楽の範疇を超え、自身の信仰、芸術観、人生観をすべて託した魂の音楽である。ゆえに、カトリック総本山ともいえるローマの聖堂でこの作品が響くという出来事は、彼の芸術人生において象徴的な「帰還」ともいえる。

 

演奏史的文脈

《ゲロンティアスの夢》は1900年の初演時こそ失敗に終わったが、後にリヒャルト・シュトラウスの擁護やロンドンでの再演によって高い評価を受け、エルガー最大の宗教作品として定着した。しかし、この作品が海外、特にカトリック圏で演奏される機会は極めて限られていた。

 

理由としては:

 

 ニューマンという英国カトリック改宗者の扱いにくさ

 

 長大かつ高度な演奏技術を要する構成

 

 内容が深く神学的であり、一般的な宗教作品よりも重い

 

これらの背景から、イタリア・ローマにおける上演はきわめて稀であり、事実、今回の演奏は歴史上数えるほどしかない。

 

宗教的・文化的意味合い

エルガー自身はカトリック信徒でありながらも、英国国教会が支配的な国において活動していた。そのため、《ゲロンティアスの夢》のようなあからさまなカトリック神学をテーマにした作品は、当時の英国音楽界においても「慎重に扱われる」存在だった。

 

それゆえに、この作品が21世紀のローマにおいて、しかも英国議会の後援のもと、聖パウロ大聖堂という由緒ある場所で演奏されたという事実は、宗教・芸術・国家の壁を超えた深い和解と称賛の象徴である。

 

結語

もしエルガーがこの演奏を目にしていたなら、感慨もひとしおだったに違いない。英国に生まれながらカトリック信仰を貫いた孤高の芸術家が、その信仰の総本山で、最大の宗教的作品を認められる日が来るなどとは、夢にも思っていなかったであろう。

 

この出来事は、《ゲロンティアスの夢》がもはや一国や宗派の枠を超えた、普遍的宗教芸術として認知されつつあることを意味する。そしてそれは、まさに「夢(dream)」の成就でもある。

 

 

愛の音楽家エドワード・エルガー電子書籍はこちらからどうぞ

トップへ戻る