愛の音楽家エドワード・エルガー

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泣き節全開!広上のエルガー2番・・・まるで演歌

泣き節全開!広上のエルガー2番・・まるで演歌

 

 2002年10月19日 新日本フィルハーモニー交響楽団すみだトリフォニー・シリーズ

 

   エルガー/交響曲第2番
   ウォルトン/ヴァイオリン協奏曲

 

指揮:広上淳一
独奏:竹澤恭子
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

 

 今年2002年、日本ではなぜかエルガーの交響曲第2番のラッシュが続いた。まず2月にアマオケのお茶の水OB管弦楽団による演奏に始まって、札響と尾高、日フィルとロッホラン、東響と大友、京響と大友。そして、今回の新日と広上。元々はリチャード・ヒコックスが指揮者として招かれていたのだが、来日延期となり広上淳一が代わりをつとめることになった(ヴァイオリン独奏もタスミン・リトルから竹澤恭子へ変更となった)。ロッホラン、大友と2番の名演が続いたのだが、本来ならここでヒコックスが全ての演奏を圧倒して制圧してしまうであろうことが当初容易に予想された。それが広上へと代ったことによって一体どうなるか全く予測がつかなくなってしまったのだ。ロッホランは同曲のCDが出ているし、大友は5年前の演奏から大体どのような演奏になるか想像がついたのだが、広上に関しては全く未知数であり、それも楽しみなポイントであった。
 第一楽章の開始では、バーンスタインよろしくジャンプ一番、勢いよく曲が始まった。そのジャンプに呼応してか跳躍力の凄まじい精力的な演奏が繰り広げられたのである。とにかく、このひたすら明るく推進力に富んだ第一楽章は、広上のスタイルにマッチして燃焼度の高い演奏に仕上がることは事前に予想されたが全くその通りの展開だった。
 当日のプログラムによると新日フィルがこの曲を取り上げるのは初めてらしいのだが、どうしてどうして、なかなかの響きを現出していた。特に第2主題が登場するあたりの弦楽器群の艶消しを思わせる洗練された響きが美しい。それに対してチェロ群のカンタービレを効かせた熱演は全曲にわたって聞かれ、非常に印象的な核を形成していた。新日フィルというと、大井町にあるJRの車両工場の殺風景な練習会場で練習していた頃のイメージがある。「こんな響きの確かめようもない劣悪な環境で練習になるのかな?」と当時思っており、新日を聞く時にはいつも、そんな先入観からか「あんな練習環境じゃ、いい音が作れないだろうからそんなに期待しない方がいいだろうな」と思ってしまったものだった(現在はトリフォニーホールが練習場)。今回はそんなイメージをキレイさっぱり払拭させてくれるような演奏である。
 テンポ的には中庸の速度を基本としつつ自由に動かしていたが全体的にやや遅めである。しかし、そのテンポの動かし方が、他のだれもやったことがないほど個性的なものであった。練習番号24の通称「Ghost」では、グッとテンポを落とし、この速度は28まで続く。また第一楽章終了部分の極端なリタルダンドなど、広上は全曲にわたって、このようなテンポの遊びを試みており、それらがツボを心得ているところを見ると、彼がこの曲を演奏するのは決して初めてではないと思われる。恐らく、ロイヤル・リヴァプール・フィル時代に演奏経験があるであろうことは想像に難くない。
 第2楽章冒頭のクレシェンド、ディミヌエンドを明確に行ったのも、他の誰の演奏よりもハッキリと打ち出された個性である。多くの演奏が、この楽章トランペットの出だしを失敗するパターンが多いのだが、今回の奏者もやや危ないながらも何とか無難にこなしていた。しかしヒヤリとさせられたもの事実。この楽章では、広上の泣き節全開で、正にカロリー満点の演奏となった。こちらも全身で受け止める覚悟が必要だ。練習番号73で、スコア上ではそのまま3小節間クレッシェンドしたまま、次の小節で突如pppになるように指定されている。しかし、バルビローリ盤を除くほぼ全ての演奏では 73番3拍目からディミエヌンド、リタルダントをかけている。何と広上は 73番3小節3拍目まで、凄い勢いでアッチェラレントをかけているのだ!そして 4拍目で慣例通りにディミヌエンド、リタルダンドをかける。全体的に遅めのテンポの中でこれをやるのだから、この落差は非常に目立っており際立った効果を上げることに成功している。79番のオーボエソロはもう少し自己主張してもよかったように思う。これは今回ソロ部分を受け持った奏者全てに当てはまる要素であった。或いはそれがマエストロの方針だったのだろうか?80番で弦楽器群のクレッシェントを受けて主役の座がオーボエソロから弦楽器群に受け継がれる部分で、しっかりとバトンタッチされているのが素晴らしい。ここで弦楽器をセーブさせてしまう演奏はどうもいただけない。例えば、比較的評判が良いコリン・デイヴィスLSO盤もそうなのだが、そこが許せない。
 第3楽章スケルツォは、広上にしてはごく普通に通り過ぎた感じだった。ここでも中間部でのチェロ群のカンタービレ気味の演奏が光っていた。この分裂症気味のスケルツォは、ある意味料理の最も難しい楽章といえるだろうが、マーラーという分裂症気味(?)の作曲家の作品を得意としている広上だけに無難にこなしていた感がある。
 第4楽章は、これまでと違ってやや速めのテンポで始められた。いつの間にか広上の手からバトンが消えている。金管や低弦による主題はレガートが良く効いていた。また、このテーマに様々な曲想が対旋律としてかかってくるのがこの楽章の面白みの一つであり、その辺がよく表現されていたように思う。そして、139番の「ハンス・リヒターのテーマ」が再登場する場面の凱旋行進曲を思わせる部分ではテンポを落として実に堂々したものであった。149番のトランペット・ソロはスコア通り1小節で切っていた。尾高や山口貴がどうやったのかは不明なので何ともいえないが、ここをスコア通りに1小節で切る演奏は日本初演の可能性がある。(楽譜では1小節だけなのだが、慣例では2小節伸ばすことになっている)
 エルガーがバルビローリに「本当の音楽は155番から始まる」語り、大友直人が「それまでの50分間は第4楽章最後の数分間のためだけにあるのではないか」と語った最終部分。ここに至るまでの広上のやり方から推測するならば、さぞかし濃厚な表現で思いっきり引っ張るに違いないと思われた。ところが、意外にも160番あたりから、むしろやや速めのテンポで通り過ぎてしまった。ここをもっともっと深くじっくり味わいたいという期待は裏切られてしまったのだ。つまり、ここでテンポをグッと落とした大友直人と全く逆の解釈である。この辺は解釈と好き好きの問題になってしまうのだ、筆者としては大友直人のような表現を断然採りたい。第1楽章や第2楽章は広上の資質からして、かなり質の高い演奏になることは予想できたが、問題は第4楽章をどうするかが最大のネックであった。第2楽章で観客を泣かせることは比較的簡単でも、第4楽章で泣かせるのは難しい。しかし、それができてこそ本物である。ここでもっともっと泣かせて欲しかったのである。第2楽章であれだけの表現をしていただけに残念。あれだけ3楽章までこってりだったのに第4楽章があっさりだったのは、思うに1楽章から3楽章まで盛り込みすぎて第4楽章に使う時間が足りなくなったのか。または第4楽章に思い入れがないか、というところだろう。そういう方向性は大いに疑問なところであるが。
 この日の開演前後と休憩時間に、バーやロビーで観客の話が色々耳に飛び込んできたのだが、それが結構興味深かった。曰く「何故、こんなプログラムなんですかね?英国音楽とは珍しい」「尾高ならわかるんだけどね」「エルガー協会か何んかが後援してるのかな?」「次はエルガーか。寝ないように気をつけなきゃ」など。最近の演奏を聴くと供給する側のレベルは上がったように実感されるのだが、この日の観客の反応を見る限り受け入れる側にまだ時期尚早という感がありそうだ。実際、終演後の観客の反応もイマイチ。少数の「ブラボー」の声も上がったが、どうも信用できない面がある。しかし、中には「自分はエルガーの交響曲のCDは30種類くらい集めている」とドヤ顔で話している人もいた(私ではありません。それに30種類で、そのドヤ顔するには少なくない?)。こういう人たちをもっと増やしたいものであり、そういう努力を積み重ねることこそ大切なのだろうと思う。

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