ヴィクトリア調オカルティズムと音楽・文学の交差
―19世紀末英国における科学文明の陰影と創造的想像力の表象―
はじめに
19世紀末の英国において、科学技術の進歩と帝国的繁栄の一方で、社会は深い精神的動揺と不安の影を抱えていた。蒸気機関、電気通信、化学合成――それらの飛躍的革新は「進歩」という言葉を神格化する一方で、人間存在の意味、自然との関係、死後の世界といった根源的問題に再び人々の関心を向けさせた。いわば、科学の光が強く輝くほど、その陰に潜む「影」が濃くなる現象である。この「影」に形を与えようとしたのが、ヴィクトリア調オカルティズム(Victorian Occultism)であった。
当時の英国におけるオカルティズム的潮流が文学と音楽に及ぼした影響を論じ、とりわけ作曲家エドワード・エルガーと怪奇作家アルジャーノン・ブラックウッドの関係、そしてブリンクウェルズにおける創作に表れた精神的風景について考察する。
1. ヴィクトリア期のオカルティズムと文化的文脈
産業革命以後の英国では、実証的合理主義が社会の根幹に据えられた。その一方で、死後の世界、霊界との交信、神秘的象徴体系などに関心を寄せる人々が急増する。1882年に創設された「心霊研究協会」(Society for Psychical Research)は、こうした精神的探求を「科学的に」行おうとする典型であり、オカルティズムは単なる迷信ではなく、当時の知識人層にとっても真摯な知的課題であった。
この潮流はまた、文学においても大きな足跡を残した。スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』(1886)、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897)、さらにはシャーロック・ホームズ物語に見られる怪奇的要素も、この文化的土壌に根差すものである。人間の二重性、未知なる存在への畏怖、都市の暗部といった主題は、近代都市と科学文明の裏側に潜む不安の表象であった。
2. エルガーとオカルティズム的想像力
音楽におけるオカルティズムの直接的な表現は、文学ほど明瞭ではない。だが、エドワード・エルガーの晩年の室内楽作品には、明らかにその影響が読み取れる。
第一次世界大戦中、エルガーはサセックスの森林地帯にある山荘「ブリンクウェルズ」に移り住んだ。そこで彼が作曲したのが、《弦楽四重奏曲 ホ短調》Op. 83、《ピアノ五重奏曲 イ短調》Op. 84、そして《ヴァイオリン・ソナタ ホ短調》Op. 82である。これらはいずれも1918~19年に集中して書かれたが、特にピアノ五重奏曲には「異様な精神性」が満ちているとされている。
エルガー自身、友人宛の書簡の中で、この作品には「奇怪なもの」が含まれており、和声も「意図的に不協和を避けていない」と述べている。また、当地に生い茂る「SinisterTrees(不吉な木々)」の伝承――スペインの修道士たちが雷に打たれて死に、その魂が木々に宿ったという話――を直接インスピレーション源として挙げている。これは明らかに、超自然的世界への感受性の表出である。
また、ブラックウッドとの交友も忘れてはならない。彼の幻想小説『スターライト・エクスプレス』(1915)に対してエルガーが音楽を提供したことは、両者の創造的対話の象徴である。この作品も、子どもの無垢な魂と異界の存在との交信を描くもので、精神的にきわめて霊的・幻想的な主題を持つ。
3. 音楽におけるオカルティズム的語法
では、エルガーの室内楽作品に見られる「オカルティズム的要素」は具体的にどのように音楽に表れているのか。
第一に挙げられるのは、「象徴的動機の反復」である。ピアノ五重奏曲の冒頭では、ゆがんだ和声進行と陰鬱な主題提示がなされるが、これは「霊の呻き」のようにも聴こえる。和声はしばしば半音階的に漂い、確固とした調性感が意図的に曖昧にされている。
第二に、「空間的」あるいは「物語的」な構造の採用である。中間楽章には幻想的な夢幻性があり、旋律が次第に視界の中で消えていくような書法が取られている。これは幽霊的な存在、つまり現実と非現実の境界が曖昧な世界を表す方法であった。
第三に、弦楽四重奏やピアノ五重奏曲の終楽章において、霊的浄化や「異界からの回帰」とも取れる解決が与えられている点も注目すべきである。これはまさに、オカルティズムにおける「儀式的過程」、すなわち浄化、再生、変容という三段構造をなぞるものである。
4. 結語 ― オカルティズムは反近代ではない
ヴィクトリア期のオカルティズムは単なる退行的現象ではない。それはむしろ、科学と理性の時代において、見えないもの、聞こえないものへの感性を取り戻そうとする知的・芸術的運動であった。
音楽においても文学においても、19世紀末から20世紀初頭にかけて、オカルティズムは想像力の再魔術化(re-enchantment)をもたらした。それはエルガーの晩年作品における深い精神性、ブラックウッドに代表される怪奇小説群における神秘的世界の描写として結実した。
科学と霊性、理性と感性、近代と原始――その境界に立つ時、人間の創造性は最も豊かに花開くのではないだろうか。