我が魂の奥深く~ジュリア・ワーシントンのこと~
エルガーの作品生成の過程において影響を与えた女性は何人かいる。
その中で比較的資料も少なくミステリアスな存在なのがジュリア・ワーシントン。
ジュリア・アプガー・ヒデン・ワーシントンは1857年5月21日ニューヨークにて生まれ1913年6月8日に63歳にて没している。1857年生まれということはエルガーとは同じ歳ということになる。
1905年、エルガーはアメリカのエール大学で名誉教授の称号を与えられて受賞のために初のアメリカへと旅立つ(エルガーは1905年、1906年、1907年、1911年と4度渡米している)。これは彼の親友でもある同大学のサミュエル・サンフォード教授の尽力も大きかった。
この年、エルガーは弦楽四重奏と弦楽のための序奏とアレグロを作曲し、この作品サンフォードへと献呈している。エール大学の授賞式では序奏とアレグロの演奏も行われている。なお、この式典では行進曲「威風堂々」第1番の演奏も行われて、このことがキッカケとなり学校の卒業式などでこの曲が演奏されるという慣習が始まっている。
ジュリア・ワーシントンはサンフォード教授の友人であり、その縁からエルガー一家と親しい友人関係となっていく。
以来、エルガーが渡米する度に親交を深め、ジュリアもヘレフォードのエルガー宅プラスグゥインを度々訪れている。
エルガーのパトロンであるフランク・シュースターの家にもエルガー一家とともに招待されて共に時間を過ごすこともあった。
明らかにエルガーにとっては、彼女は明らかに影響力のある女性であったことは間違いない。
二人の出会いから2年後の1907年エルガーは4曲からなるソングサイクルを作曲し、その2曲目に「我が魂の奥深く」を組み入れている。この曲はジュリアに捧げられている。詩はバイロンによるものであるが、詩の内容からしてエルガーがジュリアに抱いていた感情の一端が伺い知れるとも言われている。
私の魂の奥深く 優しい秘密が宿るところ
孤独に失っている 光を永遠に
もしもお前に私の心が速やかに答えることがないのなら
それから沈黙に震える 前と同じように
そこでは その中心に 墓場のランプがある
燃やしている ゆっくりとした炎を 永遠の - しかし目に見えない
それは絶望の闇が湿らせることができない
空しいのだが その光は 今までなかったように
ジュリアとエルガーの作品を結びつけるもう一つの影響がヴァイオリン協奏曲(1910)である。
この作品のスコアにはスペイン語で, "Aquí está encerrada el alma de ....."「ここに*****の魂を込める」と記されている。
5文字のドッツである。あのエニグマ変奏曲の第13曲の3つのアスターリスクスと同じ手法で、ここは人の名前が当てられていると思われる。
さて、この5ドッツに当てはまると推測されているのが、ウィンドフラワーことアリス・ストュワート・ワートリー、そしてネリーことヘレン・ウィーバー、そしてピッパことジュリア・ワーシントンである。
もし、ウィンドフラワーならこの5ドッツはALICEだろう。第一楽章の第二主題に現れる優美なメロディはウィンドフラワーテーマと呼ばれることがウィンドフラワー説を補足する材料となっている。しかし、エルガーは彼女のことを決してこの名前で呼ぶことはなかった。奥さんであるアリスと同じ名前なので混同を避けるためという理由もあった。少数派意見として、ここはワンチャン、夫人のアリス・エルガーではないかという説もなくもないが、この作品にまつわる文脈的に考えてもやや違和感がある気がする。
そして、もしヘレン・ウィーバーであったならHELENかNELLYとなるだろう。エニグマ第13変奏に関しては、今日ではほぼヘレン説が定着しつつあるので、エニグマがヘレンだとすると、ここで再び彼女がノミネートされるというのも不自然なものを感じる。
そこで1番可能性が高いのがジュリア・ワーシントンのニックネームPIPPAである。
エニグマ変奏曲の第10番「ドラベラ」モデルのリチャード・パウエル夫人の証言は注目に値する。
1950年2月12日、パウエル夫人は手紙には次のように書いている、
「人は事実よりも謎を好むようです。エルガー夫人との40年にわたる約束、『5つの点の秘密』を明かさないという約束を守り続けてきましたが、今では誰も真実を知ろうとしないことに気づきました」
パウエル夫人はエルガー夫人から、5つの点はエルガー夫妻のアメリカ人の友人、ジュリア・H・ワーシントンを指していると聞いたと明かしている。
エルガー夫人アリスが証言しているとなると、かなり有力な確証と言えるのではないだろうか。
ジュリア説を支持しているのは以下である。
レオポルド・ストコフスキー(指揮者)
アーネスト・ニューマン(評論家)
ウルスタン・アトキンス(オルガン奏者アイヴォー・アトキンスの息子。エルガーの名付け子)
リチャード・パウエル(エニグマ変奏曲第10変奏のモデル)🟰アリス・エルガーを通じて
ウィリアム・ヘンリー・リード(ロンドン交響楽団コンサートマスター)
Edward Elgar: Violin Concerto in B minor, op. 61 (Live Radio Broadcast)
Julia Fischer, violin | Bayerischen Staatsorchester | Conductor: Kirill Petrenko
Live recording of 06.10.2015 from the Munich National Theatre / Radio broadcast: BR-Klassik - Akademiekonzert des Bayerischen Staatsorchesters | 06.10.2015