愛の音楽家エドワード・エルガー

愛の音楽家エドワード・エルガー

ジェフリー・テイトのエルガー1番

読売日本交響楽団 第425回定期演奏会
2004年3月20日 サントリーホール

 

パーセル(ブリテン編):シャコンヌ
ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム

 

エルガー:交響曲第1番 変イ長調

 

 指揮/ジェフリー・テイト
 コンサートマスター/デヴィッド・ノーラン

 

 

ジェフリー・テイトのエルガー1番

 

 

 

 

 

 読響の演奏するエルガーといえば、かつてジャック・デラコートが同オケをして交響曲第1番を演奏したのを聴いたことがある(1998年)。正直、その時の印象は決して芳しいものではなかった。特に、読響の発するピアノやピアニッシモが十分に音量が絞られることがなく平坦なイメージで、指揮者の棒にも何か煮え切らないものが残り消化不良のまま演奏を終えてしまった感がある。
 エルガーの交響曲1番といえば演奏効果抜群で、実演で聞くとほぼ例外なく感動してしまうものなのだが、デラコート読響は実演で聞いて感動しなかった唯一の演奏となったのであった。
 しかし、この時の状況のハンディキャップも考慮する必要があろう。この年は珍しくエルガー交響曲1番の当たり年で、5月にコリン・デイヴィスがロンドン響を引き連れ同曲の圧倒的名演を聞かせてくれた直後であり、11月には大友直人/東響による同曲が控えており、実際素晴らしい演奏であった。
 このような良質な演奏に挟まれてしまったために必要以上にデラコートと読響は損をしてしまったのではないか?
 今回のテイトと同響によるエルガー演奏は言ってみればリターンマッチのチャンスが与えられたようなものであり、前回デラコートの指揮で聞いた悪印象が本当だったのかを確かめる良い機会といえそうだった。

ジェフリー・テイトのエルガー1番

 さて、テイトによる同曲はEMIからリリースされたロンドン響との1991年の録音がお馴染み。この演奏の特徴は、ボールトよりもバルビローリに近い、「濃い口」のスタイルといっていいであろう。むしろ、当日配布のプログラムでインタビューに答えていることを考慮すれば、テイトが影響を受けたと告白しているビーチャムのスタイルに近いかもしれない。もし、ビーチャムによる同曲の録音が残っていれば、テイトの解釈と近いものになったのではないか?さらにスケールは雄大で、特に第3楽章など14分16秒もかけており、トムソンやシノーポリよりも遅いテンポ(平均で12分位、最速は9分4秒のボールトBBC響)。それでいてディティールは微細極まりない。更に英国のオケがこの曲を演奏する場合、対向配置が多いのであるが、テイトはこれを採用していない。
 テイトの録音におけるこれらの材料と当日の実演との比較は第一の注目ポイント。まず、全体的なテンポは録音とほぼ同一といってよさそう。特に第3楽章の遅さは格別で、それは第4楽章の冒頭にまで引きずられる。ただ、要所要所での「溜め」のタイミングというか「間」が、録音に比べてレンジが短く、部分部分でややせっかちな印象が残ったのが違い。そして、今回の読響も対向配置は採用していない。
 そして、今回聞いた読響の印象としては、やはりピアニッシモでの繊細なニュアンスがもう少し欲しいと感じたのは同じである。あとは、英国のオケは一々指示しなくとも大体の流れを理解しているので、精密な表現を磨き上げるだけで本番に臨めるのであるが、やはり日本のオケに客演する場合には、そこまでの完成度を望むべきがないのは仕方がないのだろう。ただし、デラコートの時よりははるかに好印象を与える結果になったのは指揮者テイトとコンマスのデヴィッド・ノーランの働きが大きいのだろう。
 第1楽章冒頭のティンパニーのトレモロによる開始部分、まずこれがもう少し絞った音量で始めるべきかな?という感じであったが、モットー主題がフォルテで奏される部分は、堂々たる演奏。この曲を実演で聞く場合、最も幸福感に満たされる瞬間の一つである。
 先日の東響での「使徒たち」と続けてこの曲のモットー主題を聞くと「使徒たち」(1903)「神の国」(1906)で使用されたモチーフとモットー主題の関連性を改めて再確認できた。これらオラトリオのパッセージが元になったかどうかはわからないが非常に両者はよく似ている。一転してアレグロ部分に入ると、ここは「威風堂々」1番(1901)や序奏とアレグロ(1905)での速いパッセージの影響が強く見られる。これらの作品群を経て初めて交響曲第1番という傑作が完成(1908)できたということが実感される瞬間だった。
 度々登場するコンマス(ノーラン)のソロは、テイトが完全にノーランを信頼し任せきっていた感じ。ノーランも実に慣れた手つき。その他、冒頭モットー主題のフォルテでの対旋律、弦楽器の最後列の奏するモットー主題(48番)も良く浮き上がって聴こえており、テイトはこの辺を明確に指示を出していた。
 第2楽章は非常に闘争心旺盛な演奏となった。この曲をサントリーホールで聞く時は圧倒的にオーケストラ後方のP席で聞くことが多く、今回もP席であった。この席だと、第2楽章の打楽器群の耳をつんざくような大音量がモロに聞こえるのだ。尾高/BBCウェールズもそうだが、特にデイヴィス/ロンドン響は凄かった。この大音量はデイヴィスの意図したものであったのか打楽器奏者と、その前にいる金管奏者の間にはプラスチックの防音壁が設けられていたほど。CDの録音でもこの感じはよくとらえられている。それらに比してテイトの演奏では、かなり抑え気味だった。
 シノーポリよりトムソンより誰よりも遅いテイトの第3楽章は、この演奏のセールスポイントの一つであり注目すべき楽章である。元々、この楽章はエルガーが弦楽四重奏として作曲したものを転用した結果なので、そういった室内楽的アンサンブルをイメージさせる演奏に徹していた。遅いテンポは、それを実現するためにも有効だったようだ。牧歌的なクラリネットソロも素朴で美しさに満ちていた。ただ1ケ箇所、アダージオのテーマが盛り上がる場面(101番)でテイトが思いっきり煽っているにもかかわらずオケの反応が今一つ鈍く感じられたのは、やはり練習時間の不足を物語っていたのか?
 作曲者の自作自演やバルビローリの演奏で思いっきりポルタメントをかける部分(104番)では、テイトはポルタメントなしであった。当日配布のプログラムのインタビュー中、テイトは作曲者の時代に流行したポルタメント奏法に拘りを見せていたので、この部分でポルタメントをかけるのでは想像していたのだが、さすがにそれをやるのは躊躇したのだろうか?曰く「ガーディナー氏がポルタメント奏法を復活させてエルガーを再現させるのを待つしかありません(笑)」(ジェフリー・テイト談)

 弦のさざ波によるブルックナー開始で始まる第4楽章は、ブルックナーを意識したかのような壮大なスケール感と遅いテンポだ。あまりのテンポの遅さのためか?フルート奏者の「入り」が危なかった。その後も巨大なスケール感で処理され、世にも美しい130番の後は、一気呵成につき進み最後の最後にアッチェラレンドがかかって圧倒的感動を与えて終結。その後は物凄いブラボーの嵐。感動した数多くの聴衆がテイトの楽屋に祝福に押し寄せたほどであった。
 合唱をやっていたためか、自分が歌ったことがある曲を実演で聞くと、つい一緒に「歌って」しまうことがある。ただし、この「歌う」という行為は実際に声を発するのでもなく口を動かすのでもない。つまり、「顔の筋肉で歌ってしまう」のである。この感覚、声楽や合唱をやっている人なら理解してもらえるのではないだろうか?
 これらは声楽作品に限られるのだが、ことエルガーの交響曲第1番を実演で聴くと、「歌う」のではないが、作品と一緒に「呼吸」してしまうのだ。この「呼吸」というのは器楽奏者のブレスという意味ではなく、この作品の持つバイオの波みたいなものに合わせて「呼吸」してしまうことをいう。特にP席から指揮者のタクトを見てしまうと、この傾向はますます強くなる。今回も思いっきり「呼吸」して聴き、そしてまるで自分が演奏したかのように疲労困憊してしまった。改めてこの作品の持つパワーに圧倒された1日だった。

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